少年は確かに心を決めていた。 願いの先にあることを知ってもなお、前に向いて進む。 それが、何より大切な人の願いだから。 亜麻色の少し癖のある髪と淡い紫の瞳を持つ少年は、確かに餌とされた反逆者の監視者であった。 そのはず、だった。 偽りの弟―ロロの言葉に息を飲んだのは一人ではなかった。 少なくとも、彼が皇帝の手の者であると知っているルルーシュとスザクは信じられない思いで凝視する。 「何を、言っているんだ、君は・・」 問いかけたのは、ロロの直ぐそばで所在なさげに立ち尽くしていたスザクだった。 その顔が蒼白になっている。 彼は、皇帝からすべて聞いていたはずだ。 餌とされるルルーシュの処遇について、責任者だったのはスザクだ。 信じられないのも無理はなかった。 だが、それはルルーシュも同じであった。 ロロについてのデータは己が記憶を取り戻した時点ですべて調べていたし、どこにも不審な点はなかったはずだ。 そもそも、彼はギアスの実験体であり、機密情報局より派遣された暗殺者ではなかったか。 ルルーシュは纏まらない思考に苛立つ。 ロロは臆することなく、前を見据えている。彼はこんなにも堂々としていただろうか。 今まで見ていた姿との違いがルルーシュの思考をかき乱す。 ふと、今まで傍で口を閉じていた女帝が、ロロの手を包み込んだ。 「ロロ、お前の言いたいことはわかるが、その前に言うことはないか?」 女帝が首を傾げながら言えば、孕んでいた緊張感がふと途切れる。 今まで険しい顔で睨み合っていた者たちの表情が崩れ、戸惑いに変わる。 そして、彼らと対峙する形になっていたロロの頬が瞬く間に赤く染まる。 「え、・・あ!!ご、ごめんなさい、母さん!」 女帝が発した言葉の意味を理解したのだろう。 ロロは慌てた様子で彼女に向き直る。 そして、呟いたのはとても当たり前ことであり、尊いものでもあった。 「ただいま、母さん、父さん」 にっこりとほほ笑んだロロを、女帝は立ちあがり抱き締めることで受け止める。 「おかえり、ロロ。大変だったな」 「ううん、大丈夫だよ」 母親の頬に唇を寄せたロロが言ったが、クスクスと笑いだす。 それに気づいた彼女が抱きとめていた体を離し、その顔を覗きこむ。 ロロは楽しそうに頬を染め、笑っていた。 「何だ?」 「だって、母さんってば、父さんと同じこというんだもん。 僕って、そんなに頼りないかな?」 女帝は目を丸くさせ、彼を見つめている。 微笑ましい二人を見つめる中で、ロロの言葉に笑ったのは、沈黙を浮かべたまま扉の前に立っていた赤髪の騎士だった。 「カレン、何笑っているのさ」 咎めるように彼女を睨みつけたのは、翡翠の騎士その人である。 辺りを警戒していた厳しい相貌が崩れ、微かに赤く染まっている。 赤髪の騎士は腕を組むと、ふんと鼻を鳴らす。 「いいえ、わたくしは何も申し上げておりませんが? 本当に仲の良いご家族でいらっしいますこと。 こんなにお美しい奥様とお子様がいて、騎士殿は幸せですわね」 「あのさ、気に入らないことがあるなら、回りくどいこと言わずにはっきり言ったらどうだい? まださっきの事、根に持ってるんだろ。まったく、しつこい女は嫌われるよ。 君、性格悪いから婚期逃したたちだろ?」 翡翠の騎士の言葉に赤髪の騎士は肩を震わせる。 「うっさいわね!!あんたには関係ないでしょ!?私だって、プロポーズぐらい何度も受けたことあるわよ! 結婚しないは、私の勝手。あんたこそ、離婚されないよう精々気をつけな! 私だったら、三日とたたずに三行半だわ!!」 「馬鹿を言わないでくれ。誰が君みたいな女と結婚するか! 死んでもおことわりだよ!それに、ルルーシュは君とは違って僕を愛してくれているんだよ!!」 先までの緊張感の充ち溢れていた部屋は、いつのまにか賑やかな空気で溢れていた。 そのことにルルーシュは戸惑う。 困惑し眉を寄せた瞬間、入口付近に立っていたスザクと目が合う。 スザクは驚いたように緑の瞳を見開き、こちらを凝視している。 だがすぐに顔を背けることで外す。 居心地の悪い中で、二人の言い合いはまだ続いている。 いい加減にしろと、ルルーシュが声を上げる前に静かな、けれども強い口調が聞こえてきた。 「お前たち、いい加減にしないか。ここを何処だと思っている?ん?」 にっこりとほほ笑みながらも、止めに入った女帝の目は笑っていなかった。 言い争っていた二人の騎士は、瞬時に顔色を変える。 そしてすぐ様、彼女の前に膝を折り謝罪を述べる。 呆気に取られるルルーシュの意識を戻したのは、シュナイゼルの声だった。 「陛下の騎士は賑やかですね」 淡い笑みを浮かべたままのシュナイゼルに、女帝は苦笑いを返す。 「すまないな、話の腰を折ってしまった」 「いえ、構いません。それよりも、何故ルルーシュと枢木卿が困惑しているのか私はしりたいですね。 ロロ君は貴女の子供ということですが、どういう事なのですか?ルルーシュ、君は彼を知っているのかい?」 シュナイゼルの問いにルルーシュは顔をしかめた。 ロロの事を話すという事は、己が受けていた屈辱的な一年を晒すという事である。 冗談じゃない、ときつくシュナイぜルを睨みつけた。 だが、ルルーシュが口を開く前にスザクが声を上げた。 「ロロは、・・・一年前僕によって捕えられたゼロを監視するためにつけられた、皇帝直属の暗殺者。その、はずでした」 いったん口を噤んだスザクは、すぐ近くに立つロロを見る。 そして、彼に問いかける。ルルーシュがそうしたかったように。 「ロロ、君はいったい何者なんだ?」 問うた声が響きわたった。 next |