幾千憶の願いのさき

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「おろせ!」

高質な床を靴底が叩く。

誰も通過しない通路で、ルルーシュは何度目か分からない声を上げた。
幾度となく同じ言葉を繰り返してはいるが、まったく聞き耳をもたない。
止まらない。

揺れる視界で睨みつけるが、見えるのは怒りの元凶である男の後頭部、よくて横顔が辛うじてみえる状況である。
くるくると跳ねた髪が、心の底から憎いと思う。
あれほど好きだった彼を形作るすべてが、今や自身を底なしの沼に引きずり落とす存在でしかない。
かっと、頭に血がのぼり、掌が震え始める。
腰に置かれた手は己のものより遥かに大きく、暴れてもがく肢体を難なく押さえつけている。
それが腹立たしくて、再度声を荒げた。

「おい、聞いているのか!?貴様の耳は作り物かなにかか?
いいから、俺を下ろせ!今すぐだ!!」

現在のルルーシュの置かれている現状は屈辱以外のなにものでもない。
最悪の敵であるスザクに二度売り飛ばされたが、それに引けを取らないほど、ルルーシュは憤っていた。
簡単にいうなれば、異世界から来たという女帝の騎士――スザクと瓜二つの翡翠の騎士に、まるで荷物のように肩に担がれているのだ。

女帝により見せられたあの映像が終わっても、ルルーシュは画面を見つめ続けた。
あの映像に映し出された光景が、いまだに信じられないのだ。
確かにあの時、異母妹であるユーフェミアと話し、彼女にギアスをかけてしまった。

それが、何故――。

何故、あのような映像となるのか。まるで分らない。

あの時の惨劇は、忘れる事の出来ぬ楔として、未だルルーシュの身を苛み続けている。

あれを嘘だったと、誰が言えるというのか。

(あの女が見せた映像こそが、偽物である可能性が高い――)

そう考えなければ、己というものすべてを見失ってしまう。
暗闇の中に一人取り残されたかのような、焦燥感と恐怖感が同時に襲ってくる。
ルルーシュは唇を噛みしめた。
視界に映った手が、無様なほど震えていた。

(恐ろしい?この俺が。馬鹿な……)


ありえない、とそう思いながらも、掌は震え続ける。
それが腹立たしくて、広い緋色の背中に叩きつけた。
一度、二度……と繰り返してもよけに酷くなるばかりだ。

揺れる視界とともに、ふと湧き上がる吐き気に気付く。
頭の中をまるで掻き回されているようなーー壊れた映写機が、次々と映像を展開してゆく。

(何だ、これは――)

絶え間なく動き続ける映像は、まるで、切り取られた写真のように静止した姿を自分に見せる。
だが、それを視界がとらえた瞬間、また次の場面へと移る。
理解出来ぬうちに次々と見せられる。
流れゆく水を掴むかのような、もどかしさが胸の中に充ちる。

これ以上は目を開けてはいられないと、強く痛みだした頭を抑え、きつく目を閉じる。
暗転した世界は、それでもなお、映像を展開してゆく。

ふと、暗闇の中で、閃光が走ったと同時に感じた衝撃に目をかっと開いた。

視界に映った姿は、翡翠の騎士だった。

下ろされた場所は、上質なソファーである。
扉の前に立つ騎士を睨みつける。
先ほどまで感じていた頭痛は、嘘のように消えていた。

「俺をどうするつもりだ」

「別に、君を殺したりはしないし、襲うつもりもないよ」

平然と返された言葉に、反射的に顔に血がのぼる。
何を、と。

反論しようと口を開くが、空気を蹴るばかりで上手く言葉を紡げない。

「あなたはどうしますか?」

翡翠の騎士はあの部屋から出た後途中であった異母兄の参謀の一人であるカノン・マルディー二に問いかけた。
彼は微笑みを浮かべたまま、困ったように眉を下げている。

彼ら以外、他に人はいない。
しばらく思案していたカノンだったが、おそらく見張りも兼ねてだろう。
シュナイゼルのもとにすぐに戻ることはせず、ここに留まる旨を口にした。
騎士は、それを確認すると、ソファーに腰掛けたルルーシュの前に膝を折った。

そして、翡翠の瞳をまっすぐルルーシュに注ぐ。
澄んだ瞳は否応なしに彼を思い起こさせる。
かつて、誰よりも欲していたものであった。それが腹立たしくて、ふいと視線を逸らした。

「ルルーシュ、落ち着いて聞いてほしい。すべてを信じなくていい。
でも、目を逸らさないでほしい」

真摯に紡がれる言葉が耳を打つ。
けれど、信じるつもりはない。
この男は護ると言った口で、己を殺すと言い放ったのだから。

「悪いが、俺はもう信じることはやめたんだ。殺すなら、さっさと殺せばいい」

腕を組み、言い放てば、苦い笑いが返ってきた。

「あの時君を護ると言った言葉に嘘はない。

だが、君を殺すと言った言葉にも嘘偽りはない」

どういうことだと訝しみ、翡翠の騎士を見やったことをルルーシュは後悔した。
陽だまりのようにあたたかな、そして、優しい光を宿した瞳が自分を映していた。

「僕にとって、彼女はすべてだ。だから、もし、君が彼女を害するならば、迷わず僕は君を排除する。
けれど、君は彼女と同じ魂の持ち主――場所は違えど、同じ存在でもある。
彼女が君を護りたいと願うならば、僕は迷わず、君を護るよ」

膝に置いていた手を取られる。
そうして、握りしめられた掌からは、じんわりとした熱が伝って来る。

誰も信じないと、そう決めた。
けれど、あたたかな温もりを解くことは出来なかった。




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