そこは、地の果てでもあり空高く伸びる天の先であり――。 決してたどり着くことの出来ない幻の存在。 世界を司る番人たちの世界を知る者は誰もいない。 そうーーここに存在する者たち以外には――。 延々と続く一本道の迷路と有名な廊下のどこかに存在する過去の番人が住まう場所。 そこに向うには一つの扉を潜らねばならない。 だが、その扉は気まぐれとでもいうか。足でも生えているのか一度とて同じ場所に存在したためしがないという厄介な扉だった。 それもそのはずである。 扉は番人の意志一つで自在に動かすことが出来るのだから――。 同じ場所に向かっているはずなのに、人により数分もかからず扉と出会うものもいれば、 数刻――いや酷い時は最悪永遠に見つからないという迷惑極まりない代物である。 その扉をようやくくぐり抜けたのは翡翠の瞳を持つ青年――枢木スザクだった。 「って……ッはぁ!?」 扉をくぐり抜けた先、見えた光景に絶句する。 相変わらず立ち並ぶ壁びっしりの本棚。そこが真っ白な雪景色に変化していたのだ。 青年は翡翠の瞳を零れんばかりに見開くが、すぐにはっと我に返る。 一面の白は雪ではない。 冷たさは微塵も感じない。 ――それは、純白の羽。 ひらりひらりと降り積もるそれは、途切れることなく部屋を覆い尽くす。 ふと、耳に聞こえてきたのは小さな泣き声だった。 真白い羽が降り積もる中央――床に蹲る人影が見えた。 長いキャラメル色の髪と白い衣。 広く開いた背中から覗いているのは一対の翼。 青年に気づいたのか、少女が顔を上げた瞬間響いたのは甲高い悲鳴だった――。 「―――で、どういうことだ。これは。 女を泣かすなんぞ貴様はつくづく碌でなしだな」 目の前に立つ番人が相も変わらず遠慮の欠片もなく言い放つ。 青年は床に正座したまま項垂れた。 常に無表情であるが、今日は珍しく憤っているためか纏う空気はさらに冷気を帯びている気がする。 完全に怒っているのが、秀麗な眉を寄せ顔を顰めていることから嫌でも分かる。 通常の数倍、いや数十倍の棘のあるもの言いに慣れているとはいえ、さすがの青年も口を噤むしかない。 ――自分に非がないのは分かっている。 扉をくぐった先に広がっていた光景がまさに今の現状だったのだから。 それに誓っていうが、泣き続ける少女には何もしていない。 分かってはいるが、今は頷く以外になすすべがないのだ。 容赦の欠片もない罵詈雑言にこちらが泣きたい!! と言い返せるつわものがいるならば是非見てみたいものだ。 (―――それが出来れば、誰も苦労しねーよ) 口を一文字に噤んだままぐっと堪える。 「まあ、貴様とてただの馬鹿ではない。――言い訳くらいは聞いてやろう」 つくづく上から目線な俺様野郎に腹が立って仕方ないが一応の区切りはついたようだ。 そのことに内心安堵した時だった。 またしても頭上から聞こえていた厄病神こと――魔女の声に青年は顔を顰めた。 「何をしてるんだ、お前たちは」 番人からの通常以上の厭味にほとほと頭に来ていたのだ。 もう、これ以上耐えるのは不可能である。 積り積もった欝憤を吐き出すかの如く、思う存分睨みつける。 「うるせー、魔女!!」 「なんだ、坊や。――今日はやけに不機嫌だな」 「〜〜〜〜っ!!黙れ、クソババア!!」 言い放った瞬間――。 CCの顔から一切の表情が消える。 金色の瞳に浮かぶは剣呑な光。 能面のような表情に背筋がぞくりと震える。 (……やべ、地雷だっけーー) 「ほぉ〜〜。デカイ口を叩くようになったじゃないか。――ババアか、ふうん。 ……それで?この私のどこがババアなのか教えて頂こうか」 ――今から十秒以内に百個述べろなどと無理難題を吹っ掛けてくる。 これは――本気で怒っている。 背中を大量の冷や汗が流れ落ちる。 ここは素直に謝罪すべきと腹を括った時だった。 「あのぉ〜……」 聞こえてきたのは小さな声だった。 三人同時に声の方を向く。 視線の先は真っ白な羽を背中に生やした少女だ。 一斉に向けられた視線に少女の身体がびくりと震え、若葉色に瞳は潤み始める。 そのことに溜息をついたのは魔女こと――CCだ。 「あー、泣くな。別にお前に怒ったわけではないからな」 彼女が囁き微笑めば、少女の頬が一瞬のうちに赤く染まる。 (―――つうか、本当、詐欺だよな。 外見上、年下にしか見えね―のに幾つだって話だよ……) 一人心の中で呟いていれば、金色に瞳がきっと睨みつけてきた。 「―――何か言ったか、そこの役立たず」 「―――いーえ、何も」 (……エスパーか何かかよ) 「それにしても、天使とは珍しいな」 少女の頭を撫でてやりながら感心したようにCCが呟く。 「……へ?―――こいつ、まじ天使なの?」 青年が呟くと同時に少女の肩が可哀そうなほど震える。 傍の二人から痛いほどの視線が突き刺さってくる。 その眼差しの冷たいこと――。 青年は再度項垂れた。 (―――だから、何で俺に怯えんだよ……) 「何を怯えさせている。それに見れば分かるだろうが。――貴様はつくづく馬鹿だな」 番人からとどめとばかり放たれる言葉は辛辣以外の何ものでもない。 「―――うるせーよ!!馬鹿馬鹿いうな! ――で、何で天使がここにいんだよ?」 冷たい視線を向けてくる番人を負けじと睨みつめる。 先に視線を逸らしたのは番人の方だった。 腕を組み溜息を零す。 「――おそらく時空の歪みで起こった嵐に巻き込まれたんだろう。 安心しろ、すぐ帰してやるから」 床に落ちたままの羽を一つ拾い上げ、番人が微笑む。 その微笑みは優しいが何処となく妖艶で、青年は思わず息を飲んだ。 この書庫から一度番人の姿に戻ると纏う空気ががらりと変わる。 すぐにでも足元に跪き、服従してしまいそうになる。 ――誰より王の気質を持つ者だと囁かれ続ける所以はまさしくこれなのだろう。 湧きあがる衝動と闘っているまさにその時だった。 「―――枢木スザク」 名を呼ばれ、はっとわれに返る。 こちらを見据えるアメジストの瞳に柄にもなく胸が跳ねた。 「な、何だよ?」 「――俺はこれから席を外す。帰ってくるまでに元通りにしろ。 ―――いいな?CC、お前も力を貸せ」 少女を連れ、扉の向こうに消えようとするその背を青年は慌てて止める。 足を止めた番人は怪訝な顔を隠すことなく青年を振りかえる。 「ちょっと、待て!!これは俺のせいじゃないぞ!?」 ――と、言い放ったのを青年はすぐに後悔した。 すっとアメジストの瞳を細め、番人が口を上げ微笑む。 その笑みに全身が硬直する。 「―――ほぉ?今、何か言ったか?」 「――――いえ、何も」 「――では頼んだぞ」 パタンと扉が閉まり、静寂が落ちる。 残されたのはいまだに舞い続ける純白の羽と一人の青年。 ―――地を揺らすほどの怒声が響いたのはそれから数秒も経たぬうちである。 (〜〜〜あのヤロ!!今度こそ絶対許さね〜〜〜!!) end |