パラレル

□3
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番人が開いた扉の先。見えた光景にスザクは絶句した。これはどう見ても人が住める環境ではない。
「で、ここはどこだよ」
「みれば分かるだろ。奴らが生きていた世界だ」
歪みの原因の中核エリアである合衆国日本の首都だと言う。当たり前だと云わんばかりの返答である。だが、聞きたいのはそんなことではない。地面を覆い尽くしていたのは溢れんばかりの木の根である。いたるところ、立ち並ぶ家々にまで及ぶそれは異様としか言いようがない。こんな環境でよく生活できるものだ。
「でもよ、こんな状況で生活できんのか?」
「馬鹿か、貴様は。これはあの馬鹿親父の力によりこの世界の理が歪んだ結果だ。普通の人間が見えるものではない。これが見えるのは力を持つ者のみ、つまり俺たちの世界の人間のみだ。――それぐらい普通に考えればわかるだろうが」
普通と言われても分かるわけがない。スザクはむっと唇を尖らせた。何でもかんでも自分の物差しだけで考えるのは止めてもらいたいと思う。最近頻繁に痛むようになった胃が再び疼き出す。思ったことをそのまま口に出せたらこれほどまで胃が痛くなることもなくなるのだろうが。――だが。言えるつわものがいるならばぜひとも顔を見てみたい。ふうと溜息をついた時だった。
「――ルルーシュ?」
後ろから聞こえてきた声に振り返る。見えた長い黄緑色に息を飲んだ。それは嫌というほど見なれたもの――立っていたのは時空を司る魔女。長い黄緑色の瞳も金色の瞳も彼女が持ちうるものである。
「――なんで、お前がいるんだ?」
彼女は確か上層部からの依頼を受け、指令の追跡を行っているのではなかったか。
「だから貴様は馬鹿だというんだ。――ここはあの馬鹿親父が関与した世界だといっただろうが」
心底呆れたと言わんばかりの声音に腹が立つ。理解していたとしても戸惑うなという方が無理だ。番人が関与したことで、同じ人間が存在する世界に困惑は深まるばかりだ。――禁忌とされた理由がうっすらとだが分かる気がする。
少女は自分たちのやりとりを無言のまま見つめていたが、番人を再度見据えるとさびしそうに笑った。
「お前、私の知るルルーシュではないな」
番人は答えることなくじっと彼女の視線を受け止める。それが答えだった。彼女はそっと目を閉じると小さく笑った。それが泣いているようにも見え、スザクは眉を寄せた。それがやけに気になり、問い掛けていた。
「何がそんなに悲しいんだ?」
「――え?」
「違ってたらわりぃけど。あんた、悲しそうな顔してるから」
スザクの問いかけに彼女は目を丸くし、そして声を出し笑った。それが彼女を幼く見せる。
「可笑しなやつだな、お前。――名前は?」
「――枢木スザク」
「やはり、そうか。――私はCC。お前たちはどこから来たんだ?」
彼女の疑問に答えたのは番人だった。
「――残念だが、教えることはできない。そして」
唐突に言葉を切った番人は金色の瞳をまっすぐ見つめ、迷うことなく言い放った。
「お前はすでに死んでいる」
「……は、どういう意味だよ?」
「そのままの意だ。――この女はあの馬鹿親父の力の名残を持っている。俺達の力は巨大すぎてふつうの人間が扱えるものではない。その力に触れた瞬間、力の重みに耐えきれず死に絶える」
――だが!と反論したのは彼女だった。
「――私は!私はずっと死を望んでいた!だが、一度とて死ねたためしはない!」
声を荒げた彼女に番人は冷ややかな目を送る。
「すでに死したものがいくら死のうとも同じことだ。――貴様が今までそうして死んだまま存在していたのはその力のせいだ」
「ッ! ……知って、いるのか? このコードが何か」
「知っているも何も、その力はもともと俺達の世界にあった。それがある事故をきっかけにこの世界に取り込まれ、死した魂をとらえ続ける代わりに力を与えた」
みなまで言わずとも彼女には伝わったようだ。金色の瞳を見開き立ちつくす。
「――では、私は、どうすれば、いい?」
途方にくれた声に番人はあくまで淡々と返す。その声がいつもより柔らかいと感じたのは気のせいではないだろう。基本的に番人は他人に無関心だ。だが、女子供に対しては別だ。庇護欲とでもいうか。相手が護るべき対象だと認識した瞬間、彼の態度は急激に軟化する。ほとんど態度に出ないため、他の者には分からないことだが長年隣で補佐を行っているスザクにはすぐに分かった。
「もともとの原因は俺たちにある。お前はその被害者にすぎない。過ぎた時を戻すことは不可能だが、お前を黄泉の世界に導くことは出来る」
彼女が驚いたように目を見開く。そして同時に笑った姿は幸せそうだった。
「――そうか、ついにとうとう私も向こうに逝けるのか。……一つ、聞いてもいいか?」
「――なんだ」
「その黄泉の世界に、悪逆皇帝と呼ばれた男はいるか?」
スザクの脳裏に先ほどの光景が蘇る。多くの糸に絡み取られ、捕らわれた皇帝の姿が過る。彼女もまたあの皇帝を想うものの一人なのだろう。
「――行けば分かるさ」
番人は深く答えることなく微笑むだけだった。その妖艶さといったら。思わず見とれ、身体の自由を奪われるほどだ。
(――たく、詐欺だよな……)
微かに熱を持った頬を俯くことで誤魔化す。顔はいいが性格最悪の番人だと忘れてはならない。
「――そうか」
それ以上彼女は何も言わなかった。番人から「頼む」と短い要請に一つ頷きを返す。彼女に向かい手を翳せばすでに輪廻に鎖は途切れていた。すでに死したものを解き放つのはスザクの役目ではない。番人に向い頷きを返せば彼はCCと名乗った少女に向い手を翳した。
「言い残すことは?」
「――一つだけ。仮面の男にあったなら、見護れずすまないと伝えてほしい」
「――分かった」
そして目を閉じる。
「――解き放て」
番人の囁きとともに彼女の身体を包み込んだのは虹色の光。黄・赤・青・緑・藍・紫・橙と七つの色が交互に全身を包み込む。そうして額に浮かび上がったのは赤い鳥に形をした紋章。それこそが番人が関与した証に他ならない。赤い鳥の紋章は番人を表す。番人の位を持つ者はその紋章を身体のどこかに刻むのだという。赤い鳥がゆっくりと羽ばたき。そして――番人の掌に吸い込まれる。光が消えると同時に彼女の姿は消え、残されたのは地面に落ちた黄緑色の珠だった。それをスザクは拾い上げる。太陽の光を浴びたそれはキラキラと輝いていた。
「――行くぞ」
番人の声にスザクは顔を上げた。その手にはすでに輝く珠は見えなかった。




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