騎士皇子

□秘めたる
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初夏の眩しい日差しが、濃い緑のマントを照らす。吹き抜けた風と共に出迎えた士官たちが敬礼を行うなか、ジノ・ヴァインベルグはにこやかな笑みを返す。もちろん、威厳を保つことも忘れない。北方への物資輸送という名の遠征が終わり、生まれ故郷であるブリタニアに足を踏み入れたのは、じつに二週間ぶりであった。
年で言えば、彼はまだ十七でしかない。ナイト・オブ・ラウンズと言えばこの国では、円卓の騎士とも呼ばれ帝国最強であるが、ラウンズたる資格はただ一つ、力である。年は関係ない。ブリタニアの生まれであるため体格はよく、筋肉の付き方もバランスが取れ、均整の取れた肢体を持っている。
太陽の元、輝く金色の髪を三つ編みにしている姿は微笑ましくもあり、彼がまだ少年であることを強く印象付ける。
遠征が終わることを心待ちにしていた彼が望む先――それはブリタニアの中心たる人物が住まう場所である。
ジノは澄みきった空と同じ瞳を輝かせ、前を見据えた。


ナイト・オブ・ラウンズにおいて三の数字を担うジノ・ヴァインベルグは、ブリタニアで貴族階級に分類される生まれを持つ。
だが、彼が生まれるよりも先に三人の男子がいるため、家督との繋がりは薄かった。何不自由なく過ごすことが出来た幼少期を経ると、次第に自身が置かれている立場を認識し出す。それはまさしく、貴族という階級を生まれた時から肌で感じていたためだろうか。ヴァインベルグ家にとって、四男という立場は可も不可もない。あってもなくても大して変りはない。そのため、両親から可愛がられた記憶が乏しかった。
上流階級に生まれながら、貴族という立場に己という自身が存在する意味を見出せなかった少年は、ある日、運命と出会った。
まだ十にも満たなかった彼が父に連れられ向かった離宮の一つ。そこにいた人物こそ、彼の生きる意味となった人であり未来の皇帝でもあった。
早足で回廊を進む中、外に広がる庭園に見なれた姿が映った。ナイト・オブ・ゼロこと枢木スザクである。ブリタニア人とは異なる黄色みがかった肌と珍しい翡翠の瞳。彼はブリタニアから遠く離れた極東の島国――日本の生まれである。その珍しい瞳は日本において高貴なる生まれの証だそうだが、とうの本人は全くと言って無頓着である。
彼は自身と同じようにラウンズの名を背負っているが、正しくは皇族ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの専任騎士であり、皇帝の剣とされるジノとは一線も二線も隔たりがある。
だからと言って、互いの距離が遠いわけではない。彼と己では、立場が異なるだけなのだ。
それは、彼がブリタニア人ではないことが大きく関係しているが、敢えて言うなれば、頭の固いこの国の制度と気まじめ過ぎる現皇帝が問題と言えば、問題なのだろう。
任務の報告が最優先だが、今はとにかく、庭園の片隅――地面に這いつくばっている彼が気になって仕方がない。ジノは己の好奇心の赴くまま、庭園に足を踏み入れた。途端に強いバラの香りが鼻腔を擽った。現皇帝の母君――マリアンヌ皇妃が好んでいたものだが時間があれば、この庭園に必ずと言って訪れるほど、現皇帝はこの場所を気にいっている。だからこそ、庭師たちは全身全霊をかけ、ここを守り続けているのだ。
ゆっくりと地面に両の手と膝をつけ、眉間に皺を寄せているナイト・オブ・ゼロに近づく。気配を押し殺し歩みを進めるが、流石は世界に名を轟かす最上の騎士――枢木スザクはすぐに顔を上げ、ジノの方に視線を移した。

「ジノ?」

素早く立ちあがった彼の茶色いくるくるとした髪にはいくつもの緑の葉がくっ付いている。よくみればあちらこちらに小さな切り傷やら擦り傷が見える。黒を基調とした騎士服は、土で汚れてしまっていた。
何故、ここにいるのかと不思議そうな顔をしたスザクに笑いがこみ上げて来る。いつかの日、現皇帝が犬のようだと零したことがあったが、確かに頷けてしまう。

「さっき、遠征から帰ってきたとこだよ。ところで、スザクは何やってるんだ?」

すると、情けないほどに眉を下げた騎士は、地面を見下ろし、深く溜息をついた。
その背に丸く大きな尻尾が見える気がして、ジノはさらに相好を崩した。
スザクが怪訝そうな顔をしてみせるが、仕方がないと思う。違和感がなさすぎる方が問題だ。

「ルルーシュ……、陛下が書類と睨めっ子は疲れたとおっしゃって、万年筆を窓から……」

スザクが見上げた先――真っ白なレースカーテン踊る窓辺に人影が映る。そうして顔を覗かせた黒髪が美しい麗人、いや、彼はれっきとした男だ。白いゆったりとした服に身を包んだ彼こそ、現皇帝でありジノが現在仕える主であり、スザクが頭を抱える人物――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアその人である。
窓枠に肘を乗せ、ゆったりと微笑む姿は妖艶であり、見る者すべての視線を奪う。ジノもその一人である。離宮で初めて逢ったその日から、ジノの心に住み続けているのだ。

「ジノ、帰ったならば、まっ先に私の元へ来いと言ったはずだが?」

少し不機嫌な声音。だがしかし、その表情は実に楽しそうである。そう、まさに新しい玩具を手に入れた子供のよう――。

「申し訳ございません。芳しい薔薇に誘われてしまいました。すぐご報告に参ります」

最上級の礼を持って、主に返すと、「早く来い」と短い許しを頂くことが出来た。
傷だらけのスザクに申し訳ない気はするがこれ以上、ここに留まる事は出来ない。ジノは頑張れ!と小さなエールを彼に残し、背を向けた。そのすぐ後に聞こえてきた声に、苦笑いせずにはいられなかった。

『お前が見つけるまで、俺は仕事をしないからな』

『ええ!?それって、職務怠慢だよ!』

ジノが何よりも望んでいた宝を手に入れたスザクが、羨ましいと思いつつ、眩しい。
少し痛んだ胸に気付かぬふりをして、ジノは青く広がる空を見上げた。


end

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