騎士皇子

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神聖ブリタニア帝国、第十一皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの専任騎士は、脈々と受け継がれる高貴なる血筋に置いて、稀なる存在として広く知れ渡っていた。従来、騎士として推薦を受ける者は、ブリタニア人であるが、彼の騎士は極東の島国――生粋の日本人だった。その名を枢木スザクという。厳密に言うなれば、“スザク”は朱雀と書くべきであり、伝説上の神獣(神鳥)で、四神(四獣・四象)・五獣の一つと同じ名である。南方を守護し、翼を広げた鳳凰状の鳥形で表される。朱は赤であり、五行説では南方の色とされる。それは、彼の血筋が日本において古くから伝わる高貴なる血筋の証でもあるのだが、何故、彼が本来の名を使わず“スザク”としたかは本人、もしくは彼の主たる者しか知りえぬものであるとされている。
元来とは全く異なる騎士が誕生したことに、国はおろか、多くの国々で話題となったそれも、時が経つにつれ沈静化を見せるはずであった。

――だが、しかし。軽く見ていた上層部の予想を尽く裏切ってくれた理由はというと、ひとつしかないだろう。ただ、誤解がないように一つ言っておくが、それを裏切ると予想していた者たちも確かに存在していたのだ。それは、皇族において継承権上位の位を持つ者ばかりであった。そしてそれが、皇帝の知らぬ間に賭けの対象とされていたのは、秘すべき機密事項であり、その大元が皇子の生母であったというのもまた然りである。

話がそれたが、何ゆえ各国に騎士である枢木スザクの名が知れ渡った理由の明瞭な答えは、彼が第十一皇子であり閃光と名高く、宮廷の華とも謳われた寵妃マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアの長子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの専任騎士だからである。
ともかく、第十一皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの騎士である男は、ブリタニア人であろうとなかろうとも、否が応でも話題の中心としてあがってしまうのである。
それは、別段、彼が目立とうと目論んでいるわけでも、嬉々として声を上げているわけではないことを理解していただこう。

そして、日々、胃痛という無言の痛みに頭を悩ませている彼こそ、皇族ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの専任騎士枢木スザクなのである。






「ああ、めんどくさい。そうは思わないか、我が騎士」

午前中に始まった葡萄園の視察だが、いまだに終わることなく延々と続いている。
馬での移動が余程気に障ったのか、先ほどから彼の饒舌さは止まらない。燦々と降りそそぐ陽光が、ちょうど天頂に差し掛かるころになると、気温もぐんと跳ね上がる。
まだ、真夏には程遠いが、長時間日差しの中に立たされると、じっとりと汗が滲み出す。
とくに、主である彼は、恰好の餌食となるであろうことは、見れば分かることである。
黒を基調とした服を好んでいるため、今日の召し物もまた黒色を中心としているものである。仕立てられた上着には、袖口、襟元、胸元、肘、肩と銀糸を使用しているのだろう。細かな刺繍が施され、大きさとしてはそれ程でもないが、埋め込まれたダイヤの価値は相当なものである。耳元にそっと添えられたアメジストのイヤーカフと同じ瞳は、いまや不機嫌そのものである。
通りゆく人々が時折、歓声を上げ、それに対し、にこやかな笑顔を返しているが、その目が笑っていないことに気付いているのはおそらく騎士であるスザクぐらいであろう。護衛として、周りを警備している第十一皇子殿下に心酔しているブリタニアの名門ゴットバルト家出身で、辺境伯の爵位を持つジェレミア・ゴットバルトですら気付いていない。
その現実に、スザクは顔を引き攣らせる。
先ほど、農園内を歩いて視察を行ったのだが、終始笑顔を崩すことなく対話をする姿に安堵したのもつかの間だった。柵の向こう、作業を続ける彼らには聞こえないだろうが、万が一のこともある。
このまま放っておくことは出来ないと、スザクは覚悟を決め、主に声をかけた。


「殿下……」

「本当に、めんどくさいとは思わないか?あのロールジジイのせいで、せっかくの休みが台無しだ。それでなくとも、他にもやることは山ほどある上に、帰ったら帰ったで、どこぞの馬鹿貴族のパーティー出席だぞ?愚痴ぐらい言いたくなるというものだろう。なあ、スザク」

そうは、思わないか?

にっこりと笑顔とともに返される言葉はある意味正論である。だが、しかし。皇族たるもの、公然と愚痴をこぼすのは、如何なものかと。返せるつわものがいるならば、教えてほしいものだ。
スザクは引き攣る顔を押しとどめ、笑顔を返すのが精一杯である。
ふと、買い物の帰りだろう恰幅のいい貴婦人が、主に気づくと、慌てて地面に平伏そうとする。それを馬上から笑顔で押し止めた彼は、スザクが止める間もなく爽やかな笑顔で言い放った。

「ああ、こちらが仕事の邪魔をしているのだから、畏まらないでほしい。ああ、そうだな、少し喉が渇いてしまったのだが、この辺りで冷たい飲み物はないかな?」

その瞬間、彼女は急いで駈け出して行ったことに、スザクは項垂れる。きっと、ものの数秒ほどで、主に冷たい飲み物を献上している姿が、目に浮かんで頭を抱えた。

「ここの村の人々は、親切なものだな」

言いたいことは山ほどある。だが、これ以上主の機嫌を損ねる方が、遥かに恐ろしい。
騎士である己を玩具にするのは分かるが、他の一般人まで巻き込む欝憤晴らしは止めてほしいと切に願うが、無理だと悟る。


(僕、そのうち、胃潰瘍になるんじゃないかな……)

まだまだ、日は、沈みそうもない。痛み始めた胃を擦り、深々と息を吐いた。


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