転生もの

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「君はずるい……」

「スザク――」



――ずるい、ずるい

細い肢体を抱きしめながら、ただ繰り返し呟く。彼は、いつだってそうだ。憎しみも恨みも悲しみも憂いも苦しみも。すべてを自身の命と共に攫って行ってしまった。たった一つ残った――愛しささえも伝えさせてはくれなかった。

いや、違う。伝えようとしなかったのは己自身だ。最後の日もそうだった。ルルーシュは晴れやかな笑みを残し、目の前から消えていった。残ったのは、悪逆皇帝の名とそこに向う憎しみばかりだった。

どれほど後悔しただろう。自身を呪っただろう。尽きることのない悲しみはいつしか矛先を変え、ルルーシュへと向かった。何故、彼が死ななければならなかったのか。残され、後悔に日々苛まれるならば、共に逝きたかった、と。その願いが彼を地上に縛りつける鎖となり、長年彼を拘束し続けた。何という皮肉だろうか。



「――ルルーシュ……」



恋焦がれた人の名をただ繰り返す。それに頷きを返してくれる腕の中の存在にまた涙が溢れた。かつての塊根を残した人々は皆、思いの丈を彼にぶつけた。ならば、自分は――。

自分がいま、伝えたいこと。心に残っているものがあるとすれば、たった一つだ。

抱きしめていた身体をそっと離す。見えたアメジストの輝きはあの頃と何ひとつ変わっていない。いや、あの頃よりも澄み切り穏やかな気がする。

初めて逢った時からすでにあった想い。自覚したのは再開した後だった。もっと早く自分の心に気付いていれば、何かが変わっていたかもしれない。そこまで考えてスザクは目を見開いた。いくら考えたところで過ぎ去った時は戻りはしない。何より、その悔恨こそが彼を繋ぎとめる鎖に他ならない。ならば、考えるのは、もう、よそう。

スザクは心を決めると真っすぐルルーシュを見据えた。

真っ白な皇帝服に降り注ぐ月光と砕け散った鎖の欠片。きらきらと輝きながら彼を優しく包み込んでいる。

――ああ、彼は、とても美しい人だ。

降りかかる運命に絶望し、恨み、苦しみ、その手を血に染めながら修羅の道を歩み、最後、世界に命を捧げた。嘘つきで卑怯で、そして、優しい人だった。

自ら決めた道を真っ直ぐ歩み、いいわけ一つせず生み出された結果をありのまま受け止める強い人でもあると思う。強くて、けれど、脆くて。――愛しい。

古の王を拘束する鎖はもう、ほとんど残っていない。



「ルルーシュ……」



彼と言う人に出会えたことがかつての己にとって何よりの宝だろう。憎しみも恨みも悲しみも愛しさもすべて込めて。今も、そしてこれからも、そうありたい。



「ルルーシュ、ぼくは――」



“好きだ”と囁こうとしたスザクを阻んだのはほっそりとした白い手だった。何故と視線で問うと彼は、アメジストの瞳を細め、微笑んだ。そして、人差し指を口元に当て、まるで幸せだとでも言うように静かに笑った。ゆっくりと離れていった手を見つめながら何故と問うスザクに彼は囁いた。



「これは、俺の我儘だ。――もし、願えるならば、もう一度お前と出逢いたい」



目を伏せ、胸に手を当てたルルーシュが言った。



「ルルーシュ……」



そして、目を開いた彼は微笑みながらスザクに問いかけた。ささやかな、ささやかな、願いを唇に乗せて――。



「お前も願ってはくれないだろうか。――もう一度、逢えると」



世界を騙し続ける稀代の古の王が願う。その願いは何とささやかなものだろう。そんな願いでいいならば何度だって願おう。何度だって。スザクは、強く頷いた。



「――うん、僕も、願うよ。絶対に君ともう一度出会うって。そして、もう一度、友達に、なろう」



そうして、願えるならば、また恋をして、共に歩みたい。その願いを込めスザクが囁いた瞬間、ルルーシュを最後まで繋ぎとめていた鎖が砕け散った。眩い光が彼を包み込む。光に溶け込むかのように、彼の身体が除徐に消え始める。スザクは叫んだ。



「ルルーシュ!!」



手を伸ばすけれど光に阻まれ届かない。



自身の身体が消えゆく中、彼は笑っていた。穏やかで、静かな優しい笑みを浮かべ、スザクを見つめていた。

また、何も伝えられないのか。何も伝えることもできず、彼が去ってゆくのを見送るのか。嫌だと心が、枢木スザクのすべてが叫んでいた。



「ルルーシュ!!僕は!!――僕はずっと!!」



好きだと叫んだ瞬間、スザクは目を見開いた。唇に感じた、確かな、感触に息をのむ。



『――待っているから』



その囁きと微笑みを残し、彼の姿は消えていった。光の柱が消え残されたのは、もはや動くことのないロウ人形のみ。

博物館に静寂が戻る。それは、長く続いた夢の終焉でもあった。





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