幾千憶の願いのさき

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庶民での母を持つため、皇宮で軽んじられた。だが、母であるマリアンヌ皇妃はほかの妃たちより多くの寵愛を受け、その子供である自分たちもたくさんの愛情を受けて育てきた。今まで自分の内にあった記憶が薄れ、思い出したのは幸せな記憶。いがみ合い、憎み合ってきたはずの兄妹たちとの優しい時間。ほとんど接点のなかった筈の第一皇子は、王宮に出向くたび幼かった自分たちのためにお菓子を用意して待ってくれていた。第一皇女もそうだ。彼女の母親は自分たちを毛嫌いしていたが彼女は違っていた。こっそりアリエスの離宮に現れては笑顔で抱きしめてくれていた。第五皇女の彼女とナナリーは喧嘩しながらもいつも笑い合い、自分を兄だと言ってくれていた。今は敵対し、憎み続けていたシュナイゼルとコーネリアはその筆頭だった。時間を作ってはアリエスに滞在し、本当に兄と姉だと思っていたくらいだ。隣にはいつもナナリーとユフィとカリーヌがいた。父がいて母がいて。王宮内では庶民の血を受け継ぐ下賤なものだと罵られることも、あからさまな敵意にさらされることも多くあった。だが、それらの悪意から護り、支えてくれる人たちが多くいた。自分は、いやじぶんたち兄妹は決して独りではなかった。

(何故、忘れていたんだ……。俺はあんなにも幸せだったのに、何故…、何故、憎いなどと……)

決して忘れられない記憶。忘れることなど出来ないそれらは、次から次へとルルーシュの胸の内から溢れだす。
あの時、父から日本への留学を言い渡された時も、上の兄や姉たちは全員、断固として反対していた。たとえ、皇帝に逆らうことになってでも護ると言った兄の、シュナイゼルの声が耳から離れない。けれど、覆すことの出来なかった日本への留学。「すまない」と何度も呟き出立する自分を抱きしめ泣いていたのは、姉コーネリアだった。

今まで信じていた記憶が霞み始める。
これまで生きてきた軌跡がすべて、塗り替えられてゆく。
心から大切にしていたはずの人たちに銃を向けてきたその事実に心が悲鳴を上げる。
身体が震え始める。

(だが、俺は俺として今まで生きてきた……。それがすべて、嘘だったとでもいうのか……?)

今まで見てきた記憶と、蘇り始めた記憶。二つの記憶がルルーシュの中でせめぎあう。どちらの記憶が正しいというのか。どちらかが夢だとでも言うのか――。

溢れ続ける涙に、ルルーシュは目を閉じた。






「姫様、よろしいのですか?」

廊下に佇むコーネリアの元に届いたのは、自身の騎士のもの。ルルーシュがあの翡翠の騎士に連れ出されたすぐ後、彼らを追いかけここまできた。そして聞こえてきたのは小さな泣き声と懐かしい騎士の姿だった。何故ここにいるのだと問うた己に彼は苦笑い混じりに答えた。仮面の男――ジェレミア・ゴットバルトに連れてこられたのだ、と。彼はかつて逢った時とは違い、真っすぐな揺るぎない眼差しでルルーシュと瓜二つの女帝を見つめていた。そこの宿っていたのは絶対的な忠義――。
コーネリアは顔を上げるとふと微笑んだ。それは己自身を嘲うものだった。

「何を見てきたのだろうな、私は……」

そうして虚空を見上げる。ルルーシュは実の妹であるユーフェミアを無残にも利用し殺した。だが、あの女帝の見せた映像には、見なれた妹の姿はどこにもなかった。そして、ユーフェミアは生きているはっきりと断言した。
それでも、胸の内に浮かんだのは猜疑心のみだった。だが、それぞれ休憩に入ると同時にふと途切れた、張り詰めていた感情。
その瞬間、コーネリアを襲ったのは目まぐるしいほどの映像の嵐だった。脳内をまるで掻き回されているような――。立っていられないほどの衝撃がおさまったと同時に胸に沸き起こったのは、懐かしい記憶と堪え切れないほどの後悔だった。

あれほど可愛がり、慈しんだ半分しか血の繋がらない弟。
いや、血の繋がりなどどうでもよかった。幼い弟や妹たちが本当に愛しかった。兄であるシュナイゼルと競うように彼らと会っていたのは、遠い昔のことのようだ。

確かに実の妹であるユーフェミアを愛していた。だが、それと同じように今や帝国の反逆者となってしまったあの弟のことも己は確かに愛していたのに――。

何故、それを今まで忘れていたのだろうか――。

「情けないものだな……。これでは、ユフィに怒られてしまう」

「姫様……」

今なら信じることが出来る。あの祭典で、きっと己では計り知れない何かが起こったのだろう。そうでなければ、あの子があれほど声を荒げたりはしないはずである。
何よりあの子は優しい子だった。たとえ自分が傷ついたとしても、誰かが傷つきことを何より嫌っていた心優しい弟。

「あやつは本当にユフィと仲が良かった……」

今でもはっきりと思い出すことが出来る。はにかみながら、自慢げに語るあの子の笑顔を――。

「ルルーシュ……」

呟いた言葉は痛みを孕み、静かに溶けていった。

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