現代パラレル

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粛々と進められるセレモニーの中、集まった人々は、今はいない故人に想いを馳せながら展示された写真を見つめる。

一つ一つの写真にまつわる思い出が、彼と共に仕事を行っていたスタッフより語られる。その内容に時折笑いが漏れたり、懐かしいと言葉を零す者もいたがその中心たる人物はもはやこの世には存在しないのだ。ナナリーはそれを不思議な気持ちで聞いていた。

どれも自分の知らない枢木スザクの姿であり、同時に昔から良く知る彼がそこにいた。撮影を行うために訪れた街で、傷ついた猫を放っておけないと仕事をそっちのけで保護をするも逆に猫に威嚇され傷だらけになったり、崖の上から海底を撮影したときはうっかり足を滑らせたスタッフを助けるために逆に彼自身が海に落ちてしまったりと、聞こえてくるエピソードはどれも彼の人柄を如実に語っていた。

会場が温かな空気に包まれる。皆、笑いながらもその瞳には確かな涙が存在していた。皆、突然去って行った彼を惜しんでいた。その中でもきっと一番彼を惜しんでいるのが、彼の師たるカメラマンであることをナナリーは感じていた。ナナリーの隣に立ち、耳を傾ける彼は涙を見せてはいなかったけれど、写真が紹介されるたびに笑みを零し、「いい写真だ」と囁き続けていた。壇上の大モニターに映し出された写真が一つページを捲った時だった。

映し出されていたのは、一輪の花だった。青じろい光が天窓から降り注ぐ中、白い花弁を綻ばせ大輪の花を咲かす。



「月下美人」



メキシコの熱帯雨林地帯を原産地とするサボテン科クジャクサボテン属の常緑多肉植物である。夜に花を咲かせ、一晩しか花を咲かせない。



”「はかない美」「はかない恋」「繊細」「ただ一度だけ会いたくて」「強い意志」”



そんな花言葉を持つ美しい華。月光の下でまるで純白のドレスを纏っているかのような姿に目を見張る。写真の奥に、懐かしい姉の姿が見えた気がした。







*****









「だめだな、こりゃ」



机に広がる写真の一枚を手にし、壮年の男が呟いた。耳のしたまで伸びた白髪交じりの髭をなで、

山盛りに積まれた灰皿に手を伸ばす。吸い残しのある一本を手に取り、丁寧に伸ばすと口に加え、火を点ける。

深く吸い込むと、白い煙が天井に向かった。



「何にもねぇんだよな、何も感じねぇ。花とってさ、そこにあるだけのブランコとって、それで?お前の取りたいものってなんだ?」



デスクに座る男の前に立つのは、茶色癖毛のまだ年若い男だ。袖をめくり上げカメラを持つ腕は、しっかりと筋肉が付き白いワイシャツが浮いて見えるほど日に焼けている。青年ー枢木スザクは緑の瞳を僅かに伏せた。



「お前が努力しているのは、知っている。だがな、お前の写真見ても何にも伝わってこねぇ。何も感じねぇんだよ。このままじゃあ、お前を連れていくわけにはいかない」



男は青年にとって師であり、上司である。

無造作に整えられた写真の束をスザクに押し付け、男は視線を外した。それは最終通告に違いなかった。











春が過ぎ、降り注ぐ日差しが少しずつ強まり始めた初夏。

公園のベンチに腰掛けたスザクは眩しい光の中で目を細めた。

前をゆく子供たちが、笑顔で駆けていく。

それを離れた位置から見つめている親たちの眼差しは温かいものである。

先ほど師から突きつけられた現実に打ちのめされそうになるのは、何度目だろうか。

スザクは背中を丸めて息を吐いた。

師である彼の写真を見たのはまだ小さな少年だったとき。

二十年近くの歳月がたった今でも、あの時見たクジラの写真は色褪せることなく胸の内に刻まれている。

あのひとのようになりたいと、あんな写真を撮りたいと思ったのはきっと自然なことだと思えるほど、師の写真は凄い。

もう幾度も目にしているはずなのに、心が震えてしまうのだ。



師の口の悪さも厳しさも分かっている。けれど、自分にはこれ以上無理なのではないかと絶望感が襲ってくる。

両親の反対を押し切り、家出も同然に飛び出し、彼に弟子入りした。

今さら、戻れる家もなく、諦めるには心がついてこない。踏ん切りがつかない。



ふと、見えた建物。たしか、ここらでは有名な病院だったはずである。



吸い寄せられるように見えたひとつの窓。カーテンが大きく靡き、翻る。

 (あれは、人?)

長い黒髪が揺れる。華奢なほっそりとした肢体がスザクの眼に映る。

白いワンピースを纏ったその人が、窓から身を乗り出す様に、見えた。

ゆっくりと、スローモーションのように見えた。

スザクはとっさに駈け出していた。危ないと、声を上げたが落ちたのは彼女でなく、大きな花束だった。

カーテンが靡く病室の真下にスザクは立ちつくした。二つに折れた花束。ピンク色のラッピングはほどけ、無残にも折れてしまっている。

傍に膝を折ると、地面に打ち捨てられた花束に手を伸ばした。

顔を上げた瞬間、アメジストの瞳と視線が絡まった。

スザクは息を飲んだまま見つめ続けた。



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