現代パラレル

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勝手知ったると部屋に上がったリヴァルはさっそく冷蔵庫に詰め始めた。鼻歌が聞こえてきそうなほど楽しそうな姿に、スザクも顔をほころばせた。水以外、ほとんど何もなかった冷蔵庫が途端に本来の役目を取り戻す。リヴァルがふと、手を止め、どうしたのかと問えば、出窓に飾っておいた花を指差し問いかけてくる。

つい昨日の出来事をかいつまんで話せば、乾いた笑みが返ってきた。

「ふーん、気がつえーねーちゃんだな。それ」

スザクが住むマンションを訪れた古くからの友人は、殺風景な部屋の中に不釣り合いなほど華やかに咲き誇る花瓶を見つめ、乾いた笑みを零した。

ほとんど事務所に泊まり、取材であちこち飛び回っているスザクは、このマンションに帰るは一年のうちでも数える程度だ。

もっとも、このマンションも親の持ち物で家賃はおろか定期的に掃除やらの管理してくれる人間がいるため、自分の家と呼べるものではない。

家を飛び出し、ほぼ絶縁状態だというのに未だ親に縋っている自分が情けないが、そうしなければ生活するのさえままならないのは誰より自分が分かっている。

父と殴り合いのけんかなど初めてだったが、あの時は分からなくとも今なら分かる。本気で心配してくれていたのだ。

家も帰らず、電話の一本すらしない不詳の息子を母は何も言わず、今も見守ってくれている。

コンロに掛けたヤカンがキセルを鳴らす。

火を止め、二つ並べてあった色も形をちぐはぐのマグカップに湧いた湯を注ぐ。

引いた豆なんて存在しない。インスタントの粉が茶色い泡となって浮き上がる。このインスタントも撮影の時に使用したものの残りを貰って来たものだ。ふわりと香ばしい香りが辺り一面に立ち込めた。

出したままだった棚の戸を両手がふさがっているために腕で締める。少しだけ大きな音がして扉が閉まる。

「ほら」

テーブルに片方を置き、立ったままコップに口をつける。サンキューと礼を言いながらも花から目を離さないリヴァルにかたを竦めた。

「これ、かなりの値段するぜ?女が窓から捨てるなんざ、よっぽどだと思うけどな」

「やっぱり?僕もそう思うよ」

昨日、病室での出来事が脳裏の蘇る。ベッドに上半身を起こした姿でこちらを睨みつけていた人。まるで親の敵でもあるかのように、睨みつけてきた。苛烈な光を宿したアメジスト。それでも、スザクには泣いているように見えた。

泣いているのを悟られたくなくて、わざと冷たく突き放し、自分を強く見せようしている気がした。

ほっそりとした体は今にも折れてしまいそうなほど細く、はかなかった。

儚いながらも、臆することなくこちらを見据える姿は誇り高き草原の王者のようだった。

ふと、部屋の中に響いた電話の音。リヴァルが視線で出ないのかと問いかけてくるが、肩をすくめるだけに留めておく。

留守電にすればいいのかもしれないが、以前のように延々と説教というなの父からの愚痴を録音されるのは御免こうむりたい。

写真を諦めようと何度思っても、やはり自分にはこれしかないと鳴り響く電話を耳にするたび感じる。

しつこくなり続ける電話に、流石にリヴァルの顔色が変わる。困惑の色を強め、もう一度問いかけてくるが答えは同じだ。

それでも諦めてくれない甲高い呼び出し音に元栓を抜くことで強制的にシャットアウトする。

「腹減ってるだろ?何か買ってくるよ。」

そういいわけを落とし、玄関に向かった。何か言いたげな視線に気づいたが、振り返らず外に飛び出す。はじめからこうすればよかったのだ。







******





マンション一回のテナントに入っているコンビニに向い、籠を手に持ちぶらぶらと店内を歩く。

何を買うかも決めていないため、適当な弁当と酒とつまみを数点チョイスし、レジに向かう。

商品が一つ一つ店員に籠の中から掬いあげられ、レシートに印字されるのをぼんやりと見つめる。

ふと、背中から聞こえてきた声にそっと後ろをうかがえば、長い黒髪が目に入った。

恋人らしき男と並んでいる姿に憂鬱な気分が増す。

さらりとかきあげられた黒髪が、スザクの胸に大きな波紋を一つ落とした。

それは大きな音を立て、それと同時に小さなさざ波を起こしながら揺さぶってくる。窓際に座り、外を眺めていた彼女の姿が蘇る。

名以外なにも知らぬ、ただ一度きりのことなのに、スザクは目を離すことが出来なかった。

「お客様?」

店員の怪訝な声にはっと我に返る。何時の間にか清算は済んでいて、慌てて財布から現金を取り出す。

袋を受け取り、すばやく扉に向かう。外に出るまで店員からの不審な眼差しが背中に刺さってきていた。

それが恥ずかしくて、外に出ると同時にマンションの階段に向って駆け出していた。

ほとんどスピードも緩めず、目的の階まで一気に駆け上がる。

足を止めると、微かに乱れた息を整えるために深く深呼吸を繰り返す。学生時代は剣道を習っていたし、毎朝走り込みをしていた。その習慣がなくなったのはいつなのか、スザクは気付いていなかった。

久しぶりに走ったとはいえ、たった五階分の距離で息が乱れる自分に苦笑いが零れる。閑静な住宅街が広がる。祝日のためかマンションの前にある公園には親子ずれの姿が多くみられる。穏やかな昼下がり。

風が吹き抜ける向こう、スザクが見つめる先は脳裏に浮かんだ細い背。

苛烈な光を宿し、こちらを睨みつけていた彼女の姿が忘れられなかった。





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