現代パラレル2

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仕事中、絶対に手放すことを許されない携帯から聞こえた商談成功の言葉に、僕はほっと安堵の息を吐いた。 相変わらずの癖毛に手を伸ばす。

もうすぐ、午前中の勤務が終わる時だった。

今回は取引先からの要望には相当頭を悩まされた。長年うちの会社を贔屓にしてくれる貴重な存在だから、対応一つにとっても緊張する。

前任の先輩から引き継いだ仕事は自分が一人前として認められた証のようで、とても嬉しくもあったが、同時に肩にのしかかってくる責任の重みは以前と比べものにもならないものだった。

デスクの上、散乱した種類を一通り片づけてから、椅子の背もたれに体重を移し、伸びをする。凝り固まった身体。あちこちに痛みを感じる。学生時代は身体を動かすことばかりしていたから、働き出して初めて肩コリというやっかいな慢性疲労に悩まされるようになった。常に肩コリに悩まされていた友人を笑い飛ばしていたことを素直に謝罪したいと思う。昼休みのためにデスクから立ち上がった同僚たちを見送りながら、自分も立ち上がる。

廊下に出たところで、友人に出くわした。

「よ、お疲れさん」

にっと人好きのする笑みを浮かべ、片手を上げて歩いてくる。僕も軽く片手を上げて挨拶を返した。自分自身、背が高い部類に入るが友人である彼はそれよりさらに頭一つ大きい。

すらりと伸びた背と輝く金の髪。海と同じ瞳を持つ彼――ジノはブリタニア人だ。ブリタニは世界一の大国であり、ここ日本とは友好国として遥か昔からの付き合いがある国の一つだ。歴史の中では、日本はブリタニアに植民地とされていた時代もあるがいまでは友好国として付き合いも長い。そのためか、日本に住むブリタイア人の割合も多い。ふと脳裏を過るのは黒髪が綺麗なルルーシュの姿だった。彼もジノ同様、整った容姿をしている。彼もブリタニア人なのだろうかと無駄に考えてしまう。最近頭に浮かぶのか彼の事ばかりだ。

疲れたと零すジノに曖昧な笑み返す。

ジノの場合、生まれてすぐ日本に来たため、ブリタニア人といっても日本の暮らしの方が長い。この会社に入って知り合ったわけだが、性格も考えもまるで正反対なのに、よく一緒に行動するようになった。ジノの天真爛漫でおおらかな考えは僕にはないものでいい意味で刺激になり、同じチームで仕事をすることも多かった。





「やっと、解放されたよ」

屋上に備え付けられたベンチに腰掛け、さっき買った缶コーヒーに口をつける。外に食べに出ようと思ったが、目星をつけておいた店には長蛇の列が出来ていて、さっきまで緊張に満たされていた状態で並ぶ気にはならなかった。適当に近くの弁当屋で買った弁当を膝に置き、息を吐く。

「お疲れ、スザク。今晩、打ち上げでもするか?」

ジノが笑いながら言った。

上着から煙草を取り出し、ふかす。白い煙が風に流され、舞い上がる。一本どうかと差し出されるが、ごめんと謝っておく。

酒は付き合いもあるし、自分自身も好きだから、飲む機会も多いが、煙草を口にすることはない。実家にいる時から、厳しくいわれてきたこともあって、いまだ手を出したことはない。

へえ、と意外そうにジノが言うが、それも慣れたことだ。どういうわけか、他人から見て僕は酒も煙草を活ける口らしい。

どこからそんな情報が流れるのか、いまだもって不思議だが、だからと言っていちいち訂正することもない。そう思っているのならば、思わせていればいい。

禁煙ムードか高まる中、ついにうちの会社も全フロアー禁煙となったため、数か所設けられている貴重な喫煙コーナーにはいつも人で溢れている。ジノの付き合いで来ることも多いが、いまだ愛煙家も多いようだ。

この屋上スペースの端、入口から一番離れたこの場所も貴重な場所だが、噂ではここも全面禁煙になるのも時間の問題らしい。

「まったく、私たちの人権は無視なのか」

ジノが愚痴る側で、僕は笑みを返すだけにとどめる。僕は吸わないが、だからと言って、邪険にするつもりはない。吸いたいならば吸えばいいし、吸いたくなければ吸わなくていい。煙草の害、特に副流煙の害が問題視されているが、それほどまで禁煙を推し進めたいならば、いっそのこと煙草を作らなければいいと思ってしまう。

弁当に箸を進めた時だった。

ふと、ポケットにしまっておいた電話が鳴る。取り出し画面を見れば、見なれた番号――ルルーシュからだ。

ごめんと、ジノに一言いい、人がいない場所まで移動しながら携帯にでる。

「もしもし……」

聞こえてきた声は、いつのまにか身体になじんでしまったようだ。彼の低いけれど、透き通る声だけで、身体の奥が一瞬疼く。脳裏に彼の綺麗な紫水晶の瞳が浮かんだ。

『今晩、時間はあるか?』

艶を帯びた声に混ざり、遠くで雨音が聞こえて気がした。

  



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