◇◇◇◇ あれからどれだけ時間がたってもルルーシュが忘れられなくて、気付けばこのいつものレストランに足が向いている。 見渡せば、まばらな店内。ランチタイムを過ぎたころになると、大部静かになる。 ルルーシュとはじめて会った窓際の席。彼はここに座って泣いていたのだ。行き場を失くした小さな子供のようで。放っておけなかった。 「僕も大概馬鹿だよな……」 溜息が洩れた。目の前に置かれたコーヒーカップは中身を残したままゆらゆらと揺れていた。ここに来たからと言ってルルーシュに会えるわけではない。それは分かっている。でも――。 どうしても忘れられないのだ。彼の綺麗な眼差しが。控えめな笑顔が。抱き締めたぬくもりと熱い鼓動が。耳に残る彼の甘い声はいまだに僕の身体に染み付いてしまっている。 「ルルーシュ……」 窓の外に視線をやった時だった。側を通り過ぎるほっそりとした姿に身体が震えた。艶やかな黒髪もはっとするほど魅入ってしまうアメジストの瞳も。何もかも、ルルーシュそのものだった。隣を歩く人物に柔らかく微笑む姿に胸がどす黒いどろどろとしたものに覆われていく。衝動のまま店を飛び出していた。 「ルルーシュ!」 呼びかけに気づいた細い背中が振り返る。見えたのは恋焦がれた人。 「スザ、ク?」 久しぶりに見たルルーシュの姿に泣きたくなった。 **** 「んで、どういうことなのか聞いてもいいか?」 近くのカフェに入ってそう問いかけてきたのは青い髪の顔馴染み――親友のリヴァルだった。適当に注文し、席についた途端怪訝そうに見つめてくる。彼の隣に座ったルルーシュは困り顔で僕とリヴァルを交互に見る。 どういうことかと聞かれても、僕の方が聞きたい。どうして彼らが一緒にいるのか。それにルルーシュが着ている制服はおじさんの会社の物ではなかっただろうか。だが、ここでぐるぐる考えても仕方ない。一つ息を吐くと覚悟を決めリヴァルにはっきりと告げた。 「彼だよ。この前話した僕の好きな人」 「は……?」 目を丸くさせ、驚く姿がやけに可笑しかった。そっとルルーシュを伺えば、彼もまた同じように驚いていた。それはそうだろう。ただの遊びの関係だった相手に好きだなんて言われたのだから――。 「気持ち悪いなら、はっきり言っていいよ」 男とか関係なく好きなのだと告げれば、ルルーシュの頬が微かに赤く染まっているようにも見えた。しばらく沈黙していたリヴァルは神妙な顔のまま数度頷くと僕を見かえし、そして――。 「まあ、な。確かに驚いたけど、好きならいいんじゃねーの」 そういって屈託なく笑った。彼らしい答えに僕も笑った。そして、後はごゆっくりとカップに残っていたコーヒーを飲み干すと伝票を持ち立ち上がる。その背をただ見送るしかなかった。 二人だけの空間。沈黙が下りる。口を開いたのはルルーシュだった。 「あ、その、スザク……」 「うん、元気そうだね」 微笑みを返せば、戸惑いながらも笑ってくれる。 ああ、彼だ。恋焦がれてやまなかった彼が目の前にいる。それが信じられなくて。でも、手を伸ばす勇気はなかった。拒まれるのが怖かった。だからあえて先ほど告げた想いには触れず問いかける。 「ねえ、聞いてもいい?」 ルルーシュは何も言わなかったけれど、構わず問いかけた。どうしても気になっていたあの時の彼の事。 返ってきたのは小さな声だった。 「あいつとは、別れた……。というか、一緒に暮らしていた家を飛び出したんだ。それで彷徨っていた俺を助けてくれたのが、リヴァルだった。まさか、スザクの親友だったなんてしらなかったよ……」 困ったように笑う姿に胸が熱くなる。 「どうして、別れたの?」 アメジストの瞳が、揺れる。ルルーシュは口を噤んだまま俯いてしまった。それが僕の胸を焦がす。 もう一度問おうとした時だった。 「ルルーシュ! やばい、戻るぞ! オヤジ怒ってる!」 席を外してくれていたリヴァルが駆け足で寄ってきて、ルルーシュを急かす。手には携帯が握られていた。 「どうしたの?」 「すまん、スザク。また後でな。今、仕事中でさ。俺ん家わかるだろ? 七時過ぎたら来てくれ。じゃあな!」 戸惑うルルーシュを引っ張り、外に連れ出してゆく。茫然としていた僕も慌てて会計を済ませ、後を追いかけた。 外に出た僕を出迎えたのは仁王立ちしたリヴァルだった。ルルーシュの姿はどこにもなかった。 「リヴァル、急いでいるんじゃなかった?」 「ああ、まあな。でも、お前に一つ確認しときたくて」 何故彼がそんなことを言うのか分からなくて眉をしかめれば苦笑いが返ってきた。 「まあ、一応の確認な? お前、ルルーシュが好きか?」 さっきの表情とは一変して真面目な顔をしたリヴァルが問いかけてくる。学生時代から悪ふざけを共にした仲だったが、人一倍世話焼きなところがあった。困っている人を放っておけない。真剣な眼差しの親友にひとつ頷いた。彼を信じているが、胸の奥から湧き上がるこれは嫉妬だ。ルルーシュが彼に向けていた微笑みが頭から離れない。 「僕はルルーシュが好きだ。たとえ君が彼を好きだとしても絶対に渡せない」 はっきりと告げれば、リヴァルは肩をすくめていつもと変わらぬ笑顔で肩をすくめた。 「あ〜の〜な〜、俺に焼いてどーすんだよ!」 ため息混じりの呆れた声。 リヴァルがルルーシュに何かするなんて考えられない。それでも、胸のざわめきはやまない。 「まあ、いいけどな。お前がやっと本気になったってことだろう?」 嬉しいぜと彼が屈託なく笑う。 「安心しろ、俺が好きなのはカレンだけだから。それより、気をつけてやれよ」 「え……?」 「雨の中、ぶっ倒れたあいつを助けたあと、医者に見せたけど、あいつの身体ボロボロだった。何か所も殴られた後とかあって。DVじゃないかってさ」 リヴァルの言葉に息を飲んだ。 「お前を信じるけどな、ルルーシュの事傷つけるようならマジ俺も親父も御袋もだまちゃいねーからな! 覚悟しろよ!」 駆けだしたリヴァルに僕はただ見送るしかなかった。 next |