パラレル2

□For though they may be parted.
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光の柱が静かに降り立ちました。桃色の髪の姫君が降り立った先は、広大に広がる森でした。人の世界から隔絶されたこの場所は、地上のどこかに存在するという不思議な場所でした。神々が住まう天界と地上を結ぶ柱がこの森に存在するのです。

彼女の視線の先は、森に溶け込むように立つログハウスでした。

彼女が初めてこの地上に降り立った時と変わらぬ姿を保つログハウスに、誰も住んでいないと分かっていました。

それでも、彼女はその場処に向って歩き出しました。ドアノブを握りしめ、扉をくぐると、漏れたのは溜息でした。

ふわりと香った匂いは、覚えのあるものでした。

何もかもが、昔と同じ。置かれている家具も暖炉も窓辺にあった花瓶も。何ひとつとして変わりませんでした。ただ一つ、大切な人たちの姿だけが、ありませんでした。

ことり、と小さな音がして振り返ると、窓の外に二匹のリスがいました。

彼女の姿をただ、じっと見つめています。彼女もまた、彼らを見つめました。

視線があったと同時に顔を見合わせ、森に戻ってゆきました。







その後ろ姿を見送りながら、彼女はログハウスを後にしました。彼女の向かった先は一つの大きな樹が立つ場所でした。川沿いに立つその樹は桜でした。

春になると森の奥から湧き出た清流の道が桜色に染まるその場所に、大切な人は眠っていました。

樹の傍に湧き出る泉。太い幹に腰かけていたのはこの森に住まう泉の女神でした。ユフィに気付くと、空と同じ瞳を細めました。

「こんにちは、ユーフェミア様」

金色の髪を弾ませ、泉の女神は笑いました。

「ミレイさん、こんにちには」

森の奥から、少し肌寒い風が吹き抜けました。二人ともそれ以上、何も語りませんでした。

その先にあったのは色とりどりの花で作られた小さなベッドでした。真ん中で眠っていたのは一匹の黒猫でした。ユフィはすぐ傍に膝を折りました。彼はただの猫ではありません。正真正銘、彼女の母親違いの兄であり、この森の神様でもありました。

「――ルルーシュ」

結界が張られているため、触れることも声を届けることも出来ません。あの時から、神様はずっと眠り続けているのです。彼女の瞳から、涙があふれました。

この森は地上と神々が住まう天界を繋ぐとても大切な場所でした。生まれたばかりの何も知らない地上を育てるために多くの神が、この森を通ってゆきました。もともと、この森には神はいませんでした。地上にとっても天界にとってもとても大切な場所であるこの森は、たった一人の力で護れるものではなかった為です。そのため、天界の神々が力を合わせ、また、地上に降りた神々が補佐し、この森を護ってきたのです。それをたった一人で遣って退けたのが、ユフィの異母兄である目の前の彼でした。 

地上に降りてからはほとんど黒猫の姿だったと言いますが、本当の姿は目麗しい青年なのです。母親から譲り受けた黒髪は烏の濡れ羽色と評されるほど美しく、さらに目を惹くのが宝石のアメジストすら霞んでしまうほど輝く瞳でした。その瞳はいつも温かな光で溢れ、彼が笑うだけで心が幸せにみち溢れるほど素晴らしい人でした。

優しくて、あたたかくて、自慢の兄の傍にはいつも翡翠の瞳を持つ青年の姿がありました。青年は地上で生まれた大地に属するもの――地狼でした。

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