パラレル2

□3
1ページ/1ページ

******









閑静な住宅が広がるその場所に不意に現れたのは一枚の扉だった。濃いブラウンの木目が並んだそれは地面に着くと同時にゆっくりと扉を開け放つ。 

現れたのは翡翠の瞳を持つ青年――枢木スザクである。彼がくぐり抜けると同時に扉は音もなく消えていった。ぐるりと辺りを見渡すが鳥の鳴き声一つ聞こえない。隔絶された世界が存在していた。住宅が立ち並ぶ家々の間に造られた公園は人影もさくひっそりと静まり返っている。公園といっても公園の入口から見えるのは注意書きの看板と欝蒼と生い茂る木々である。緑鮮やかに立ち並ぶ木々の中をゆっくりと歩く。この公園の奥にあるという歪みの原因。それは日増しに大きくなり、現世の時の流れを脅かすほどに成長しているという。原因も分からず、打てる手立てはこの公園付近の空間を一時的に凍結させることだけだった。そっと目上げた空は薄い膜に覆われていた。それも通常に人には見えないだろう。一時的とはいえ通常の時の流れを無理やり遮断しているのだ。現世の流れに負荷を与えたのは間違いない。もって三日、いや二日が限度だろう。 

与えられた猶予はほとんどない。

「――ったく、もうちょい早く持って来いよ。毎回毎回、ギリギリだからあいつの機嫌もさらに悪化するんだよ」

パンツのポケットに両手を突っ込み、此処にはいない上層部に悪態を吐く。渡された指令を持ち、番人のもとに向かったスザクを待っていたのは不機嫌だとありありと顔に書いた番人の怒りに満ちた形相だった。常日頃から強い光を宿す紫の瞳は視線があっただけで射殺されるかと思ったほどだ。

(マジ、勘弁してくれよ……)

思い出しただけでも身震いしてしまう。こういうとき、やたらと巨大な力を持っている彼と接するのは心臓に悪い。悪すぎて、胃が痛い。

寝不足だから一人で先に調査をして来いと放り出されたはいいが、自分一人で何をしろというのか。あの番人は――。

沸き上がる苛立ちに地面を強く蹴り飛ばした時だった。ふと身体に感じた重みにさっと身構える。耳が痛むほどの静寂が辺りを不気味なほど静めている。見えたのは一本の朽ちた木。まるでこの空間を掌握しているかのように佇んでいた。

「あれ、か……」

ゆっくりと近づくがそれだけで、耳鳴りはますます酷くなる。何かが酷く拒絶している。身体に掛る負荷が増している。――だが、こちらとて引き下がる訳にはいかないのだ。ようやく手が届く傍まで近づくことが出来たが、息が上がっていた。重苦しい空気がこの木を中心として辺りに充ち溢れている。

(異変を見つけられなかっただと! これだけ、空間を圧迫しているのに、か?)

上層部からの報告に疑問がわき上がってくる。そっと触れた幹は乾き切り、樹皮は捲れ上がっている。雨風により浸食だろうか。幹には大きな割れ目がはいり、腐っている。よくこれで立っていられるものだと半ば感心した時だった。



“あなた、誰?――じゃない。早くあっちへ行って”



聞こえた声は幼い少女のもの。それと同時に朽ちた木に重なるように浮かびあがった姿に目を見張る。

ゆるく波打った髪は桃色をしていて、高く一つに結いあげている。白地にやはり桃色の花弁が散った着物を着た幼女の瞳は深紅。

「お前……」

『――また、いなくなる』



目を伏せ悲しげに呟く少女の姿にスザクは動けなくなった。









******







ピピピ――と響いた電子音に番人は伏せていた顔を上げた。音の出所は壁に取り付けてある通信機からだ。

「――出ないのか?」

「――別に出ないとは言っていない」

「――仕方ないやつだな」

そういって通信機に手を伸ばしたのは長い付き合いとなる魔女だ。

「――もしもし」

『――は? 何でお前がいるんだ』

「細かいことは気にするな」

CCが口を動かし「いいのか?」と問いかけてくるが無視を決め込む。

「それで? 何があったんだ? お前が連絡してくるなんぞ珍しい」

『わりぃ、マジであいつ頼むは……』

いつもの彼らしくない切羽詰った様子にCCは内心目を丸くさせる。

何かよほどのアクシデントがあったのだろう。

「――分かった、少し待て。ほらよ」

未だ窓辺に腰かけた番人に向け放り投げる。うっとおしそうに顔を顰めながらもちゃんと受け取るのは彼の性格をありありと表している。

番人は深く溜息をつくとゆっくりとした動作で通信機を耳にあてた。

「――何だ?」

『――いるんじゃねーかよ! だったらややこしいことせずさっさと出ろ!』

耳にあてた途端響き渡る怒声に番人はさらに顔を顰めた。

「―――そうか、ならば切るぞ」

『って! おい! ちょっと待て、コラ!』

何時にもまして喧しい。ぐっと眉間に皺を寄せ、取り敢えずは理由だけでも聞いてやろうと思う自分はつくづく甘いやつだと思う。

「―――で、何だ?何か進展でもあったのか?」

問うた途端通信先が音声不能に陥る。黙り込んだまま何も言わない。そんな奴が己の補佐をしているなんぞ、聞いて呆れる。これは帰って来てから存分に扱かなければと決意した時だった。

『――疲れてると、思うんだけどさ……』

「―――何だ?」

聞こえてきた声は常とは異なり、弱弱しい。それが無性に耳に引っ掛かった。

『休んでるとこ悪ぃけど! お前の力がないとマジ今回は無理だ。――すぐこちらに来てほしい』

切羽詰った依頼に、否と返すものがいるだろうか。

壁に掛けておいた黒のジャケットを手早く羽織り、鍵を取りだす。

「――はじめからお前が行けば良かったんじゃないのか?」

からかい交じりにCCが言うが無視を決め込んで現れた扉に手を伸ばす。

「――いいか、絶対に触るなよ?」

何が、とは言わないし彼女も聞かないのは分かっている。それでも言わずにはいられないのは己が過去を司る番人だけではなく。すべての世界が創りだした過去の記憶を管理する者だからだ。

扉をくぐる同時に番人の姿は扉と共に消えていった。それを見つめていたのは時空を司る魔女のみ。

「――まったく、いつまで強情でいるつもりなのだろうな。あの馬鹿は……」

窓辺に置かれたままの本を手に取り、彼女は消えていった番人に向け呟いた。

「お前はお前だ。それは変わるものではない。忘れるな――ルルーシュ」

その声は番人のもとにはまだ、届かない。



next

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]