現代パラレル

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「で、どういうつもりだ?」

病室に入るなり、アメジストの瞳に剣呑な光をたたえ、睨みつけてきた彼女にスザクはとりあえず当たり障りない挨拶を返した。ここは数日前に訪れた公園のそばにある総合病院の一室である。最初訪れたとき感じた病院独特のニオイと雰囲気には正直まだなれない。むしろ居心地が悪くして仕方ない。けれど、スザクは迷うことなくここに来た。

彼女の名は、ルルーシュ・ランぺルージ。それ以外、何も知らない。

「別にどうというわけではありません。ただのお見舞いですよ」

そう言って彼女がいるベッド脇に歩みを進める。その間も彼女は視線を逸らすことなく睨みつけてくる。

ここによる前、花屋で選んでおいた花を差し出す。

彼女は怪訝な顔で差し出した花とスザクを交互に見つめ、露骨に顔をしかめた。そんな表情すら綺麗だと思った。

「何のつもりだ?」

「ですから、お見舞いです」

「私はお前を知らない」

「僕もです」

「ならなぜ。知りもしない人間を見舞うんだ?」

問われたことはもっともだ。不審に思わない方がおかしいだろう。だが、スザクは決めてしまったのだから。

胸を震わすさざ波が何であるか確かめたい。だから此処に来た。

それをうまく説明できないため、曖昧な答えしか返せない。

「さあ、僕もよくわかりませんが何となく」

「何となく?」

「はい」

にこりといつものように笑えば、ほんの少しだけ彼女の表情が和らいだ気がした。けれど、すぐに無表情に変わってしまう。もったいないと、ふと思った。

この後、スタジオで撮影の予定が入っているため、長いは出来ない。

持っていた花をサイドテーブルにそっと置き、失礼しますと扉をくぐる。

あの花束のように捨てられるかもしれないと思ったが、扉をくぐる瞬間見た彼女は、サイドテーブルを見つめるだけだった。





会話らしい会話を交わすことなく病室を出れば深いため息が漏れた。自分が思っていた以上に緊張していたみたいだった。あれからどしても忘れられなくて気付けばここに向かっていた。

親友が務める花屋によれば、案の定不思議な顔をしていた。どうしたんだ!?と少々大げさな反応で出迎えてくれた。

彼は見舞い用にと伝えただけですべて分かってしまったようだった。

意味深な頷きを数回繰り返し、まるでいたずらを思いついた少年のように唇を釣り上げたまま鼻歌混じりで見送ってくれた。それでも、彼は自身の受け持った仕事に手を抜くことなくそれほど高価ではないが、どことなく品に溢れた花束を作ってくれた。

そのときのいたたまれないことと言ったら。ついうっかり間違えて女性専用の電車に乗り込んでしまったような心境だった。今度の休みにはきっと、部屋で待ち伏せしているだろう。

ここへ来てようやく自分の中にさざ波を起こすものの正体に気づいた。それでも口に出さないのは怖いからだ。けれど、それが嫌ではなくてむしろ擽ったいような気がしてスザクは小さく笑って歩き出した。





*****





「あら、珍しいわね、ルルちゃん」

幼馴染みの声がしてルルーシュは顔を上げた。いつもと同じ時間に自分のもとを訪れる。病室に入ってきたのは、肩までの金髪を背中で一つに結ったミレイ・アッシュフォードだった。

仕事もあるだろうし、忙しいだろうと見舞いは必要ないと何度言っても彼女は足蹴よくここに通う。

「何だ、ミレイか」

「機嫌が悪いって聞いてたのにどうしたの?」

くすくすと笑う彼女は腕に抱えた花束を入口の傍に設けられているソファーに置いた。

見なれたラッピングに顔をしかめてしまう。彼女は何度拒絶してもピンク色のリボンが巻かれた可愛らしい花束を持ってくる。大抵の女であれば喜ぶであろう可愛らしい花束。けれど、自分には決して似合わないものである。こんな可愛げの欠片も持ち合わせていない自分の元に飾られる花のほうが可哀想だといくら言い募っても彼女は笑顔で差し出してくる。

「あらあら、今度は不機嫌か」

すべての事情を知っている彼女は、それ以上 何も言わない。何も聞かない。

それに苛立ちもするが同時に安堵する。

「あら?この花は?」

豪華に飾られた花束を視界から追い出したミレイがサイドテーブルに置かれた小さな花束を見つけ、首を傾げた。

小学生の妹が持ってくる掌ほどの小さな花束とも、友人が持ってくるシンプルなものとも違うそれに微かに顔を曇らせている。

それが心配のためだと知っているルルーシュは、彼女を安心させるようにほほえんでみせた。

「どこぞのおせっかいが置いて行ったものだ」

「おせっかい?」

意味が分からないとミレイがますます首をかしげている。

脳裏のあの日飛び込んできた男の姿が浮かぶ。くるくると跳ねた茶色い髪。緑と同じ瞳。窓から捨てた花束をわざわざ届けに来たお人好し。

変わった男だと思った。

あの日のことが何故か忘れられなかった。ミレイが見つめていたのは知っていたがあえて視線を逸らす。

「そう」

ミレイはそう言っただけで、何も言わなかった。

胸が、少しだけ、疼いた。

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