森の小さな神様

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水の神は澄んだ宝石を身にまとい、生まれるそうですが、この泉の神様はどうやら真珠を持つお方だったのです。

「大切な、と言うと、もしや力の源である宝石ですか?」

「はい……」

泉の女神が言うには、ある日突然、二つに割れてしまったのだそうです。

「見せていただいても構いませんか?」

「はい……」

泉の女神が胸に手を当てると、眩しいばかりの光が溢れ出し、ゆっくりと光が消えてゆくと、彼女の手の平にあったのは、手の平にすっぽりとおさまるほどの大きさをした真珠でした。もとは、綺麗な弧を描いていたのでしょうが、今は無残にも二つに割れてしまっています。

神様は彼女の傍まで歩み寄ると、屈んだ彼女の手のひらを覗き込みました。そして、そっと呟きました。

「リーファ殿、あなたの役目とはなんですか?」

「役目?」

「そうです。私たちは神の名を持つ身。誰しもが地上を見守る役目を負っています。あなたは、この泉をそして、泉を守る森を、この土地を守らねばならない」

ここにいる誰よりも小さな体をした神様が囁きかけると、その声に呼応するかのようにざわざわと木々が枝を揺らし始めました。

そして、聞こえてきた囁きに青年は驚きを隠せませんでした。翡翠の瞳を見開き、泉の女神を見つめます。

「あなたには今、好いた方がいらっしゃるのですね」

神様にも森の声が聞こえたのでしょう。泉の女神にそっと、問いかけました。

泉の女神の頬が瞬く間に染まりました。そして、傍にいる護衛の青年に視線を向けます。

「宝石が割れた理由は、あなたに思い出して欲しかったからですよ。身に負った役目とあなたがここにいる意味を、森がそう言っています」

大地の女神である彼女がどうしても無理だと言った理由が、神様には何となくわかりました。彼女は大地のすべてを平等に愛する者。ただ一人に愛を捧げたことのない身では、泉の女神の心を知ることは出来ないと、そう思ったのかもしれません。

「リーファ殿、恋をすることは悪いことではありません。むしろ、普通のことです。神だからと言って、恋をしてはならない決まりなどない。心は自由だ。私とて、大切な人がいます」

真摯に語る神様の姿を、泉の女神はじっと見つめています。

二人の姿を静かに見守っていた青年は翡翠の瞳を和らげました。

「けれど、私たちは決して忘れてはならないことがあります。あなたは、もう、おわかりですね」

神様のアメジストの瞳は、とても優しくあたたかい光を宿していました。

泉の女神は、肩を揺らし、大粒の涙をいくつもいくつも流し泣きじゃくりました。ごめんなさいと、泉を守る森に謝り続ける声が耳から離れません。青年は胸を押さえました。

この痛みはこの森の心です。小さな女神を心配する声がいくつも聞こえてきました。

涙を流す泉の女神を、護衛の青年がそっと抱き締めます。

神様は抱きあう二人を、優しく見つめました。

「スザク、そろそろ戻るか」

「え……、でも」

「大丈夫だ。ロロ、彼女は近くに来ているんだろ?」

「はい、すぐ近くにいらっしゃいます」

青年の後ろに立っていたロロがはっきりと頷きました。それを見届けると、神様は木々の合間からのぞく空を見上げました。

「ここに風を送ろう。風の血を受け継ぐ彼女には、風の滞りは毒でしかないからな」

「はい! ありがとうございます」

神様と青年はロロと別れ、来た道を戻り始めました。













 



「あの、ルルーシュ様、泉の女神様はどうなるんですか?」

とことこと前を歩く神様の背を見つめ、青年が呟きました。長い尾が歩くたびにゆらゆらと弧を描いてゆきます。

「本来の役目を放棄していたんだ、それなりの処罰が下るだろうな」

大地の女神は、地上に住まうすべてのものを愛する一方、過ちを犯したものたちを裁決する役目も同時に負っているのです。

優しさと厳しさを併せ持つ彼女の姿を知るものは神以外いません。

青年はそっと後ろを振り返りました。

神様の呼びかけに気付いた風の精霊たちが答えてくれたのでしょう。さっきまで滞っていた森に風が吹き抜けました。

「せっかく、女神さまに会えると思ったのに、残念です」
「会いたかったのか?


 首をめぐらせ、振り向いた神様に青年は慌てましたが、問われた口調とは裏腹にアメジストの瞳は優しい色を宿していました。

青年は安堵しました。そして、素直な心で答えました。見上げる空は、輝く青い色です。

「あ、その、僕らを守って下さる御方ですから」
青年はにっこりとほほ笑み、神様を見つめました。


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