転生もの

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聞こえない愛の言葉は――。






穏やかな昼さがり。

連日続いた休日出勤が落ちつきを見せた頃、スザクは彼女を部屋に呼んだ。仕事が終わった後に頻繁に会っていたため、それほど久しぶりでもない。それでも、こうしてゆっくりと彼女の姿を見たのはいつ以来だろうか。



「スザク、聞いてますか?」



「うん、来週のことだろ」



桃色の長い髪がゆるく巻いている。その髪と同じ色のワンピースに身を包んだ彼女が頬を膨らませて言った。来週、彼女の両親と会う。
彼女とは、大学のころだから、もう四年は過ぎた。互いの両親からも、近しい友人たちからも結婚はまだかと急かされていたが、ようやくけじめをつけたのは今年の春のことだった。彼女にプロポーズをした。それからは、とんとん拍子で式の日程が決まった。もともと互いの両親は好意的だったし、遅いと言われるほどだった。
テーブルに広げられたドレスのカタログをめくる彼女は、本当に嬉しそうだ。



「ね、これなんかはどうでしょう。ああ、でも、こっちも捨てがたいし」



決めあぐねている彼女にスザクは苦笑いを零す。ここ数日、彼女はカタログとにらめっこの日々が続いている。式場の下見をしたとき、レンタルの衣装を見せてもらったが、彼女の両親は絶対にオーダーメイドだと譲らなかったのを覚えている。今、彼女の手元にあるカタログは、彼女の叔母が立ち上げた会社の物である。


もともと若い年代に人気があり、徐々に幅広い年代に人気が出始めたのはここ数年のことらしい。
数冊に渡るドレスの候補に、珍しく眉間にしわを寄せている。いつもにこにこと笑っている彼女には珍しくて、笑いが込み上げてくる。
それに気づいた彼女がむっと唇を尖らせて睨んでくるけれど、その姿もまた可愛くてやはり笑ってしまった。


機嫌を損ねる前に素直に「可愛いから」と言えば、途端に顔を赤らめる。彼女は本当に素直で、愛らしい。自分にはもったいないと思ってしまう。
それを以前、何気なく零したら、悲しそうに顔を曇らせてしまった。だから、それ以来口にしてはいないけれど、どうしても消し去れない思いでもあった。



「じゃあ、ひとつをバージンロード歩くときにきて、残りを披露宴で着るとかはどう?」



「え……?いいのですか」



「だって、どれも着たいんだろ?せっかくの結婚式なんだから、全部着ちゃおうよ。ご両親も喜ぶだろうし。って、君が大変か……。お色直しって、大変らしいもんね」



はじめは自分たちが貯めたお金で慎ましやかな式を挙げようと二人で相談していたのだが、互いの両親が猛反対したため、すぐに却下された。今では当人たちよりもはしゃいでいたりもする。
彼女は頬を桃色に染め、頷いた。可愛くて、聡明な自分にはもったいない彼女と、優しい両親たち。みんなに祝福されているはずなのに、どこかで戸惑っている自分がいる。

ふと、カタログに追いやられるようにテーブルの隅にあった本が目に入った。手に取ると、
世界一短い愛の言葉。そう書かれていた。何気なく捲ると、たくさんの言葉がのっていた。
どれも短い言葉で綴られたそれは、たくさんの想いで溢れていた。



「それ、書店で一目ぼれしたものなんです」



顔を上げると、彼女の淡い紫の瞳とぶつかった。素敵でしょうと笑った彼女の笑顔に微笑み返す。



「スザクは何だと思いますか?」



「え?」



「世界一短い愛の言葉」



私は、愛だと思います――。そう彼女は微笑んだけれど、ふと、心に浮かんだのは、一つの言葉だった。



「名前」



「え?」



「大切な人の、名前、かな」



呟いた瞬間、何故か、泣きたくなった。彼女が自分を呼ぶ。大切な人のはずなのに、愛の言葉は、霞んで聞こえた。

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