たった一つのよすが――。 あの日、遺跡の奥で知った真実はこれまでの信念を突き崩すには十分すぎるもので、それと同時にかつての親友から突きつけられた敵の言葉は、彼から明日への道筋を完全に奪い取ってしまった。 自身が掲げていたすべての目標が跡形も消え失せ、残ったものは、ほとんどない。 それでも、それでも彼は明日を望んだ。ユフィが、ナナリーが言っていた優しい世界を実現させる為に。 たとえ、そこに、自分という明日(みらい)がなくとも。 ――彼は、明日を望んだ。 ルルーシュが王座を簒奪してから、目まぐるしい日々が訪れた。 それはまさしく息をつく暇もないほど、緊張の連続で共犯者でもある二人の少年の体力・精神力を奪っていった。 特に顕著に現れたのは、もともと体力のない黒髪の少年――第九十九代皇帝の位についたルルーシュだった。連日のギアス能力の使用と反勢力の鎮圧。限りある己の命の期限。 鎮魂歌の音色が刻々と近づくなかで、皇帝の位についた彼が苛立ちに、死への恐怖感に心が悲鳴を上げるたび眺めるものが一つあった。 「ねぇ、どうしてこれなんだ?」 ようやく山積みの書類から解放されたときには、太陽はすでに真上に差し掛かっていた。圧し掛かる疲労感にすぐに昼食に向かう気になれず、ソファーに腰かけた時だった。 自身が世界に立つと決めた瞬間から側にいる共犯者――ゼロの名を持つ騎士に問われる。なんのことだと問いかければ、じっとこちらを凝視する翠玉に気付く。視線の先は、己が身に着けている皇帝服。腰元に添えているエメラルド。皇帝服についている装飾だった。 「これが、どうかしたのか?」 問いかけても困り顔で微笑んだきり、何も言わない。共犯者として手を取り合ってから、たびたび繰り返されるスザクからの突然の問いかけ。何が、と声をかけても明瞭な答えは返ってこない。その態度に触れるたび、胸の内に苦い痛みが広がる。 彼が何を言いたいのか、何を考えているのか知りたいと思うが理性が止めに入る。 彼は自分を許したわけではなく、亡き主である彼女の願いを叶える為に此処にいるのだ。 昔のように心を通わすことは不可能なのだ。まっすぐに注がれる翡翠の輝きは、己を映すことはない。直ぐ傍にいるはずなのに、決して手は届かない。口を開くことなくただこちらを見つめる彼に溜息を一つ零す。己と話すことすら耐えられないのかと問いただしそうになる自身を諌め、彼の名を呼ぶ。 「スザク」 名を呼び、ソファーの隣を指し示す。いぶかしんだのは、ほんの僅かない時間だった。彼は計画のために不本意だろう騎士の名を背負ってくれた。その上、本当の騎士であるように振舞ってくれる。その姿にふいに泣きたくなる。 それを押しとどめ、無言のまま傍に座ったスザクと入れ替わる形で立ち上がる。怪訝な顔をして、眉をはね上げた彼の日に焼けた頬に手を伸ばす。触れた瞬間、微かに表情が揺らいだ気がしたが、すぐに元のゼロの顔に戻る。表情を寸分の隙もなく隠してしまう。豊かな感情を映していた面は自分が壊してしまった。両手で頬を包み込み、彼の瞳を覗きこむ。 枢木スザクを形作る全てがいとおしい。 だから、彼を偲ぶことのできる物が欲しかった。翠鮮やかなエメラルドは、彼の瞳そのもの。どんなに辛くとも、これを目にするだけで癒された。 彼が指し示したエメラルドを装飾の一つとして選んだ理由を口にするわけにはいかない。 それを口にする資格などありはしないのだ。 愛してる。愛しているよ。 言葉にするかわりに、瞼に口付ける。 ふわりと羽が触れるように、ただ、唇を寄せる。 くすぐったいと、彼が笑う。穏やかな昼下がり。彼の笑い声に、泣きたくなるほど幸せを感じた。 |