ギアス短編

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愛している。だから、生きてほしい――。

あなたはそう願ったけれど、私の生きる意味は他ならぬあなただから――。






あの雨の日から彼と共に過ごす日が多くなった。

理由があったわけじゃない。ただ、彼を一人にさせたくなかったのだ。だから驚いた。



彼からの突然の言葉に――。



『お前、俺のことが好きなんだろう?』



朝の挨拶に向かった自分に変わらぬ綺麗な笑みを乗せ、告げた。

その声があまりにも優しくて。



理解する前に反射的に「はい」と答えていた。

彼は目を見開き驚いていたが、それは自分も同じだった。何故頷いたのか。分らず困惑する目の前で彼は微笑んだ。まるで花が綻ぶようにアメジストの瞳を細める。

浮かんでいた涙に気づいた瞬間、彼を抱きしめていた。

ほとんど変わらぬ背丈だったが、驚くほど細い肢体に胸が跳ねた。

頬を寄せれば甘く香る彼の香りに眩暈がして、息が出来なかった。この腕の中に彼がいる。

それが愛しくて、嬉しくて。



彼に恋をしていたのだとその時ようやく気付いた。



あの雨の日。

あれがきっと彼に恋した瞬間だったのだ。



彼と過ごした五年間は幸せすぎた。愛し、愛され。それは穏やかな日々だった。

だから、きっと神は怒ったのだと思う。







****







ただ、夢中で駆けていた。

どうやって辿りついたのかさえ分からなかった。

気がつけば牢の前にいた。すえた臭いが充満し、かび臭い薄暗い空間。柵にしがみ付き、叫んでいた。



「ルルーシュ!」



暗い牢の中、振り返った彼は少し汚れていたけれど変わらず美しかった。

スザクに気付くと柔らかく微笑む。注がれるアメジストのぬくもりに胸が詰まった。



『スザク』



愛する人が自分の名を呼ぶ。

それだけで涙が込み上げてきた。彼が目の前で膝を折ると同時に堪らなくなって震える手を柵の向こうに伸ばした。

柔らかな髪に触れ、そして頬に触れる。そのぬくもりが愛しかった。額を寄せ、彼に寄り添う。触れる掌に身を寄せてくれることがこの上もなく幸せだった。

どれほどそうしていただろう。ゆっくりと顔を上げたルルーシュは真っすぐスザクを見つめた。



『来てくれて、有り難う。最後にお前の顔を見られた俺は幸せ者だな』



幸せそうに微笑む彼が信じられなかった。

何故、笑えるのか。

何故――。こんなにも穏やかに笑えるのだろうか。

明日、処刑されてしまうというのに。



「ルルーシュ!」



どうしてそんなことを言うのか。

胸が張り裂けそうで彼の名を呼んだ。

言いたいことも伝えたいこともたくさんあった。けれど、何も出てこない。



ただ、苦しかった。愛しくて、愛しくて、狂いそうだった。



「ルルーシュ、愛してる」



――国王に対する反逆罪により、ヴィ家一族を処刑する。



聞かされたのはヴィ家の屋敷に向かう途中のことだった。すぐに彼の元に向かったが、すでに彼らは捕らわれた後だった。ようやく面会が許されたのが今日だった。

心が潰れそうだった。いっそ、潰れてしまえばいいのに。そうすれば彼と共に逝ける――。

けれど、そんな自分を彼は許してはくれなかった。



『俺を追って死ぬなんて、そんな馬鹿な真似はするなよ』



ルルーシュが微笑み、頬に触れてくる。涙が、溢れた。



『愛している、スザク、愛している。――だから、お前は生きろ』



初めて彼の瞳から涙が溢れた。彼からの最初で最後の願い。

どうして、とか何故と心が拒絶していた。けれど――。



『――分かった、約束、するよ』



彼を、ヴィ家の人たちを助けることも出来ない自分にはそれしか出来ない。彼のほっそりとした手を取り、誓う。幸せそうに笑った姿が胸に焼きついた。



『なあ、スザク。最後までお前を覚えていたい。だから、』



――キスが、欲しい。涙で濡れた頬に両手を伸ばした。その手が、震えていた。



『きっと静かに逝けると思う』



額を合わせ、彼の瞳を覗きこむ。涙の中で触れた唇はただ静かで優しかった。





*****





「君は、怒るだろうね」



赤い炎に包まれた街並みを見下ろし、青年は呟く。

手に持つ剣からはおびただしいほどの鮮血が流れ落ちている。



生ぬるい風が吹き抜ける。眼前に広がる海は荒れ狂い灰色に染まっていた。



まるで、自分のようだ。



あの日から、己の世界は色を失くした。



彼が――すべてだったのだ。それを奪ったこの国が憎い。



国王が手に入れたかったのは、国一番の美貌を誇るヴィ家の当主だった。

けれど、彼女は処刑が決定されても首を縦には振らなかったという。一族の命を盾に取られても彼女は拒んだ。

当主の決断に皆何も言わなかったのは、マリアンヌの心は死んだ前当主のもだと知っていたから。それほど彼女は慕われ愛されていたのだ。けれど。



「マリアンヌ様、僕はあなたが憎い。そして、それを欲した王も」



だから、全てを壊してやろう。この国も。彼らが愛した街並みも。人々も。すべて灰になればいい。

そしてすべてが終わった暁には――。



「逢いに行くよ、ルルーシュ」



翡翠の瞳を細め、青年は笑んだ。





 END

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