ふと、意識が浮上して目を開けた先に見えたのは愛しい人の横顔だった。月明かりが静かに暗闇を照らす中、ベッド以外何も置かれていない部屋に浮かぶ景色は柔らかな世界だった。淡い月の光の帯が眠る自分の元まで差しこんでいる。ルルーシュは目を細めた。 太陽の沈んだ世界は、ただ暗くて冷たくて、寂しいものだった。たった一人取り残されたような、どうしようもない悲しさが、消えていた。 今は見えない翡翠の瞳。自然と同じ力強い色は何時だって真っすぐで、厳しい光を宿している時でさえ、どこか優しかった。 「スザク……」 愛しい人。傍らにあるぬくもりに瞳を細める。明日になれば、計画は完遂される。 結局、好きだと告げることも出来なかったけれど。それでも、心は驚くほど満ち足りていた。 悪逆皇帝は正義の味方に打ち取られ、世界は生まれ変わるのだ。ユフィが、ナナリーが大切な人たちが望んだ優しい世界へと、生まれ変わってゆくのだ。けれど、それはとてつもなく長い時間が必要だろう。人は醜く残酷で卑怯で弱い。 けれど、それと同じくらい、優しい心を持った人もいる。他の誰かの幸せを心から望み、弱い自分に負けることなく真っすぐ前を見て歩める人がいることを自分は知っている。 (――ユフィ……) 虐殺皇女 ――最悪の汚名を着せ、死なせてしまった。 優しい桃色の髪の姫君。もう、名を呼ぶ資格もない。 悲しむことも自分には許されていない。 醜くも穢れた自分が出来ることは、汚名を削ぐことではない。残虐の限りをつくした暴君としての名をさらに強く人々に刻むことだけだ。 優しい主を奪った自分と共にいることなど、苦痛以外の何ものでもなかっただろう。この計画が上手くいけば彼女の烙印を少しでも霞めることが、彼女の望んだ優しい世界に一歩でも近づくことが出来る。 それほどまでにスザクに想われている異母妹に以前の自分ならば、嫉妬に狂っていただろう。でも、いまは深く納得している自分がいる。スザクが彼女の手を取った理由など、聞かなくとも分かる。優しい人の手を拒む人間など、いるはずがない。 こんなにも醜い自分の傍にいてくれた。 最後の瞬間は、きっと、笑って逝ける。 だから――。 「――お前は、生きろ」 生きて、そして、忘れてくれたらいい。 道化を演じた愚か者のことなど。 もし、生まれ変わることが出来たなら、もう二度と逢わないことを誓う。奪うことしかできない自分には、きっと、それしか出来ないから。 神がいるならば、祈ろう。 愛する人の明日(みらい)が、幸せに満ちていることを。 (――愛している、スザク) 柔らかな髪に手を伸ばす。指にそっと絡める。 届かない、たった一つの本当の気持ち。 身を屈めて触れるだけの口づけを落とす。 ありがとう。 俺と共に、ここにいてくれて。 奪うことしかできなかったけれど。 好きだったよ。 (――ありがとう) すべての想いを、込めて。 |