遠くから響く鐘の音が、耳に届く。 十字架が掲げられた祭壇の前に立ち、花嫁が訪れるのをルルーシュは静かに待つ。流れ始めた曲に合わせ、ゆっくりと扉が開く。見えた真っ白なウエディングドレスに自然と笑みがこぼれていた。親族のみの小さな式となったが、それでも見守ってくれる家族の瞳はあたたかなものだった。もっと盛大に行いたいと自身の父が駄々をこねたが、やたらと派手にしかねないと徹底的に反対した。それでも、自分の結婚式を喜んでくれている姿が、素直に嬉しかった。 父親と共にゆっくりとバージンロードを歩む彼女の姿に泣きたくなった。彼女の手が父親から離れ、自分の元へとやってくる。「娘を頼みます」と言った彼女の父親の言葉に強く頷きを返す。彼女の瞳が涙で潤んでいた。すぐにでも拭いさりたかったけれど、ベールに阻まれて出来ない。 必ず、幸せにするから。 今度こそ、泣かせたりしないから。 「――行こう」 そんな誓いを込めて囁けば、確かな頷きと幸せそうに微笑む柔らかな瞳が返ってきた。 共に生きるために、ここで誓おう。 神父が告げる神への約束。 指輪を交換しようとした瞬間、懐かしい声が聞こえた気がした。 ――ルルーシュ 彼女の手を取ったまま、ルルーシュははっと顔を上げた。 彼女が不思議そうにこちらを見上げてきた。それに何でもないと答えようとして、言葉が詰まる。 何故? ――ルルーシュ 再び聞こえた声は、今度こそはっきり耳に届いた。 ***** 「まさか、指輪が違っていたなんてね〜」 控室に戻った途端、椅子に腰かけた母が言った。ウエーブがかった長い黒髪をうっとおしそうに搔きあげ、溜息を零す。 「本当ですわ!よりにもよってお兄さまの人生に置いて一番大切な日に!」 頬を膨らませ、怒っているのは妹のナナリーだ。式場に抗議してくると飛び出して行ってしまう。その後ろ姿を母親が楽しそうに見送る。 「指輪を持ったまま動かないものだから心配したんだよ?だが、流石、ルルーシュだね。指輪が違っているのに気づいたのは、君だけだよ。式場のスタッフすら気付いていなかった」 クロヴィスが感心したように言ったが耳を通り抜けてゆく。それに曖昧な笑みで返し、外の空気を吸いに行くとだけ残し、控室を飛び出した。 ざわめきに溢れた廊下をゆっくりと歩む。 指輪交換のあの時、本当は指輪が違っていることには気付いていなかった。ただ、繰り返し聞こえてきた自分の名を呼ぶ声に身体が動かなかったのだ。指輪を持ったまま微動だにしない自分を不思議に思った女性スタッフが指輪のことに気付いてくれて心から安堵している。 今ならはっきり言える。彼女の薬指に結婚指輪をはめることは出来ない、と。 いつも感じていた誰かの気配。それは彼女のことだと何度となく言いきかせてきたが、彼女ではないとはっきりと分かる。 ――俺を呼ぶのは、誰? 懐かしいような、でも、どこか寂しい。 自分はこの声の主を、大切にしていた。 その時だった。 不意に通り過ぎた人影に息をのむ。見えた翡翠の光にばらばらだった記憶が、ひとつに合わさった。 |