◇◇◇◇ 人通りもまばらな式場の廊下をスザクは歩いていた。着なれないタキシードがやたらと重く感じて、知らず知らず溜息を零す。あと一時間もすれば、婚約者であるユフィと結婚式を挙げる予定である。けれど、気分は重くなる一方だった。 たしかに自分は彼女を愛していた、はずだった。結婚の準備も二人で楽しみだと笑いながら進めていたのに。 何故こんなにも拒む自分がいるのかスザクには分からなかった。 式が近づくにつれ、ある夢を見るようになった。それは決まって漆黒の豪華な服を纏った自分と正反対な真っ白な服を着た人と教会で向き合う場面である。その人の顔ははっきりとは分からない。ただ、自分は目の前に立つその人のことを大切にしていることだけは分かった。何かを語りあったあと、その人は決まって一つの仮面を差し出すのだ。そして、綺麗に微笑む。それを受け取りながら、自分は絶望するのだ。愛しい人を殺さねばならない苦しさと悲しさと。それと同じくらいその人のことを憎んでいた事実を。澄みきった青空の下で抱きしめたその人は、幸せそうに笑っていたけれど、自分は泣き続けていた。 ――そこで、いつも目が覚める。 起きた自分もまた、涙を零していた。 夢の中の自分は酷く後悔していた。大切な人の手を取らなかったことを。愛する人を手に掛けたことを。 もう一度出会えるならば、今度こそ、間違ったりしない。 そう思った時だった。前から歩いてくる人影に気づいた瞬間、すべての意味を、理解した。 「―――ルルーシュ」 名を呼んだ瞬間、すべてを思い出した。目の前に立つ愛しい人はアメジストの瞳を見開き立ち尽していた。自分と同じような姿をしている。彼もまた、誰かと結婚式を挙げるつもりだったのだろうか。そう思うと嫉妬に狂いそうだった。 もう、離さないと手を伸ばしたスザクから逃げるように駆け出した細い背をただ追いかける。もう、見失いたくはない。その想いだけで、愛しい人を追いかける。 式場から海岸につながる外階段を急いで降りる。懸命に追いかけているのにも関わらず、距離は縮まらない。それが歯がゆくて悔しくて。もう何度目になるだろう。愛しい人の名を叫べば、細い背がようやく止まる。海岸が目の前に広がる線路の前でひたすらルルーシュを見つめる。 ――どれほどそうしていただろうか。 ようやく振り向いたルルーシュは、泣いていた。幾つもの涙が、頬を滑り落ちてゆく。駆け寄ろうとしたスザクを止めたのは、目の前の愛しい人だった。 「――来るな!」 力いっぱい拒絶する姿に泣きたくなる。けれど―― 「俺は――、お前の枷にしか、なら、ない。もう、何も、奪いたく、ない」 続いた言葉に身体が動いていた。 泣き続ける細い肢体を抱き締める。艶やかな黒髪に頬を寄せ、そっと囁く。 「――だったら、逃げないで。僕の傍にいて」 ――僕から、愛する人を、奪わないで 「―――え?」 戸惑うルルーシュをさらに抱きしめ、心から囁く。 「僕は、ずっと、君と共にいたかった。誰より、君を、愛してる。だから、もう、僕を、一人にしないで。僕が欲しかった未来(あす)は君と共にいられる未来なんだよ」 ――すべてを捨て去っても、いいから。偽りのぬくもりなど、いらない。 そう囁けば、腕の中の肢体が小さく震えた。 「駄目だ」と耳に届いた拒絶の言葉とともに、背中にまわされた腕に涙が溢れた。 今度こそ、間違えたりしない。 明日を迎えるために、共に、歩もう。 涙で濡れたアメジストと視線が絡まる。引き寄せられるように、口づけを交わしていた。 繋いだ手は、もう、離れない。 それは、遠く彼方から願い続けていた愛のささやきだった。 END |