薄桜鬼夢小説

□ドキッ☆バレンタイン争奪戦
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今日は世の中の男性ならば誰もが期待に胸を膨らませる日――バレンタインデーである。私立薄桜学園二年の沖田総司も、この日ばかりは珍しく遅刻をせずに校門をくぐっていた。


「…やだやだ、遅刻常習犯のくせに何を期待してるんだか」


校門で総司とすれ違った風紀委員一年の南雲薫は、小馬鹿にしたように呟いた。もちろん、総司に聞こえるようにである。


「そんな無駄口叩いてないでさ、挨拶運動でもしたらどう?」


手をひらひらさせて軽く交わす総司に薫は奥歯を噛み締める。そんな二人のやりとりを静観していた風紀委員長二年、斎藤一は呆れたようにため息をついた。


「今回ばかりは総司に分があるな」


「っ…、どういう意味だ!?」


勢いよく食ってかかる後輩に斎藤は淡々と告げる。


「おまえがどれだけ望んでも、この学園にいる限り『本命チョコ』は貰えまい」


「っっ!!」


図星を指された薫は斎藤を鋭く睨み付ける。が、そんな程度で引き下がるほど薄桜学園の風紀委員長はヤワではない。


「仕事に戻るぞ、もうすぐチャイムが鳴る」


腕時計(シチズン・アテッサ)を見下ろしながら斎藤はあと一分で閉まる門に向かって歩きだしていた。



















総司が教室に入ると、既に登校していた男子生徒達――いや、逆に言えばこの学園に女子生徒は一人しかいないのだが、何はともあれ彼らは仲間同士で話に花を咲かせていた。内容はもちろん、今日という年に一度の夢見る行事についてである。


去年まで男子校だったこの薄桜学園は、不景気の波を受けてか今年度から共学となった。が、入学してきた女子はたったの一名だった。


必然的に、飢えた野獣そのものの汗くさい男共の中に放り込まれてしまった悲劇のヒロインの名は雪村千鶴という。彼女と同じクラスになるように学園側に根回しをした新入生は数知れず。学園祭ではミス薄桜、クリスマスには可愛いサンタとして、もはや千鶴はこの学園のマスコット的存在と化していた。そして、幸か不幸か、彼女は自覚していないだろうが、皆の期待に応えられるだけの可愛さと素直さを持ち合わせてしまっている。薄桜学園の男子生徒に夢を見させられるステータスがフル装備されているのだ。


朝のHRのチャイムが鳴ってからしばらくすると、教室の前後にある引き戸が開いた。前からはこのクラスの担任であり薄桜学園の教頭でもある土方歳三が、そして後ろからは遅刻者の取締りを終えた斎藤が姿を現した。


「朝から騒いでんじゃねえよ、さっさと席に着きやがれっ!」


鬼教師の異名を持つ土方の一喝で散り散りになっていた生徒たちはガタガタと着席する。土方は教壇の前に立つや否や、品のいいネクタイをぐいっと緩めて出欠を取り始めた。


「一君、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


総司は自分の後ろの席についた斎藤に声をかけた。


「…何だ」


無愛想に答える斎藤に総司は言葉を続けた。


「千鶴ちゃんさ、今日、カバンの他に何か持ってた?」


生真面目な斎藤が毎朝誰よりも早く登校し、校門付近での生徒の制服チェックを欠かさないことを知っている総司は、彼ならば千鶴の手荷物さえも記憶しているだろうと踏んでいた。


しかし斎藤は口を閉ざしたまま首を横に振るばかり。総司はとうとう後ろに身を乗り出したが――


「沖田総司っ!! てめえは返事もできねえのかっ!?」


土方の怒鳴り声が教室に響き渡ると、総司は嫌々前を向いて好戦的な笑みを浮かべる。


「土方先生こそ、僕がいるってわかんなかったんですか? あ、老眼にでもなったとか?」


「てめえはべらべらべらべら無駄口ばっかり叩きやがって」


「小さい頃に口のわるーいオジサンの影響を受けたせいだと思いますけど」


土方が社会に出てからも通っていた剣道の道場に、同じく幼いころから通っていた総司は、くすくす笑いながら、泣く子も黙るだろう土方の殺気を受け流している。


「ちっ…いいからさっさと返事をしやがれ! 沖田総司!」


「はーい」


手まで挙げる総司の小馬鹿にした態度に土方が頭から湯気を出していたのは…言うまでもない。
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