薄桜鬼夢小説

□ドキッ☆バレンタイン争奪戦
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一方、下の階のとある一年生のクラスでは…


「既にご存知の方もいらっしゃると思いますが」


汚れ一つない白衣に身を包んでにっこりと笑いながら教壇に立つ保健医、山南敬助の姿があった。


「このクラスの担任である永倉先生が怪我のためしばらくお休みすることになりました」


「あの新八っつあんが!?」


声を張り上げたのは、このクラスのムードメーカーでもある藤堂平助だ。


「平助くん、声が大きいよ!」


立ち上がる平助を隣から小声でなだめたのがこの学園の天使であり平助の幼なじみでもある雪村千鶴だった。


「だってあの健康体な新八っつあんが怪我って…、山南先生、何かあったの?」


誰にでもタメ口な平助はさておき…山南は微笑みを絶やさないまま恐ろしい言葉を口にした。


「土方先生の蹴りをまともに食らって骨折したそうですよ?」


「………」


ありえそうなありえなさそうな内容をさらっと言ってのけた山南の声に、ざわついていた教室が一気に凍りつく。が、それを溶かしたのは平助の笑い声だった。


「冗談だろ!? いくら鬼教師とはいえ、新八っつあんに蹴り入れて怪我(しかも骨折)させるなんて、なあ?」


途端に教室に笑いが沸き起こった。千鶴もくすくすと笑っている。哀れ永倉…彼は受け持っている生徒にさえ信じてもらえないまま、数週間も病院のベッドの上で過ごすこととなる。













午前中の授業が終わると、一斉に学食が賑やかになった。薄桜学園の目玉でもあるこの学食。学園長、近藤勇のたっての希望もあり、育ち盛りの生徒には嬉しいバイキング形式となっていた。入学希望者の大半はこれ目当てだと言っても過言ではない。


生徒はもとより教師たちもここで昼食を取るのだ日常だった。おかげで、校内の人口密度はこの食堂に集中し、唯一の女子生徒である千鶴にとっては好奇の視線から解放される一時となる。


彼女は毎日お弁当を持参していた。バイキングは魅力的だが、男子生徒からの要望により、並ぶ料理のほとんどが肉がらみのおかずなのだ。結局、良心的な値段とはいえ食の細い彼女の希望するあっさりとしたメニューは少ない。だったら持参のお弁当を持ってのんびりと昼食をとった方がいいという結論に達したのは入学してから僅か一週間後のことだった。


「やっぱり…だめだよね、今日は…うん、屋上に行こうかな」


空虚な独り言も気にせずに千鶴は階段を登って行った。ひた隠しにしてきた心とは裏腹に天気は快晴だ。半ば無理矢理プチピクニック気分を装って備え付けのベンチに腰を下ろす。


「いただきます!」


両手を合わせてまずはタコウインナーに箸を伸ばそうとしたその時。


「お弁当、いいなぁ」


不意にかけられた声に千鶴ははっとして振り返った。そこには、フェンスに背中を預けて手を振っている総司の姿があった。


「お、沖田先輩! こんな所でどうしたんですか? 学食、無くなっちゃいますよ?」


あたふたしながらも千鶴はそよ風になびく髪を押さえて総司に声をかけた。もしよかったら――意を決した彼女の声は総司の言葉にさえぎられた。


「あ〜…、何か食欲なくて。今日はパス」


苦笑する総司に千鶴は一瞬悲しげな表情を浮かべた。しかしすぐに困ったように笑った。


「ちゃんと食べなきゃ…ダメじゃないですか」


「ま、確かにね」


総司は何気なく千鶴の隣に腰掛けると、彼女の膝の上にある小さなお弁当箱を覗き込んだ。


「へえ、なんか、色とりどりって感じでかわいいね」


「一応、自分なりにバランスとかを考えて作ってるんですけど…」


恥ずかしそうに俯く千鶴に総司は微笑んだ。てっきり彼女の母親が作ったものかと思ったが、そういえば千鶴の母親は他界しているんだったと今更ながら思い出した。しかし敢えて口には出さずにいた。


「これ、美味そうだね」


総司が指差したのはカニのかまぼこを玉子焼きで巻いたものだった。千鶴は一瞬きょとんとしたが、それを箸で摘むと赤い頬をしたまま少し寂しげに微笑んだ。


「じゃあ…、よかったらお昼はこれだけでも食べてください」


ね、と総司の口元にそれを運ぶ。何とも複雑な気持ちになった総司だったが、最終的にはぱくりとそれに食いついた。


「うわ、想像以上に美味い」


甘い玉子焼きを頬張りながら総司の心は揺れていた。この行為に特別な感情があると期待してしまう自分と、そうでない自分。千鶴が天然でやっている可能性は残念ながら否定できない。そんな彼女を彼はずっと見てきたのだから。


「そういえば、さ…今日は誰かにチョコレート渡したりするの? クラスの奴らが朝から騒いでてうるさかったよ」


その言葉に千鶴の肩がぴくりと跳ねた。土方にこってり絞られた後で総司は斎藤から聞いていた。彼女はカバンの他に小さな手提げ袋を持っていた、と。


「そう、です、よね…」


あまりその話はしたくない。そう彼女の表情が物語っている。それと同時に総司の気持ちは一気に沈んだ。たいして知りもしない他校の女子生徒から告白されたことは正直に言うと…何度もあった。彼女たちは皆、少なからず頬を染めて総司を見つめていた。


こんなに暗い瞳をしていなかった。
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