風雲親子部屋

□風雲親子部屋。
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知らず雲




ミルフィオーレのアジトでの戦いの中で、過去と入れ替わった雲雀に違和感を持つのにそう時間はかからなかった。
獄寺はいつも隙なく構えている雲雀が、常と異なり、どこか気だるげな雰囲気を纏っていることが不思議でならなかったのだ。いつも面倒くさそうな視線を自分たちに投げかけることはあっても、その瞳には常に鋭い光が灯り、向かい合う者の心を射抜いていた。

しかし、今はそれがないのだ。


「……雲雀、どうかしたのか?」


ぽつり、と小さな声で山本が呟いた。彼もまた雲雀の違和感に気づいていたらしい。思えば、山本は人の感情に敏かった。雲雀の変化に気づくことは必然だったのだろう。

山本の言葉につられるように雲雀に視線を送れば、彼は自分たちの視線にも気づいている様子もない。過去の世界であれば、どんなに遠くからの視線であっても自分に向けられたものであれば気づくだけの技量が雲雀にはあった。しかし、今はこんなにも近くで疑惑の視線を彼に投げかけているというのに、こちらに顔を向ける素振りも、不快を露わす雰囲気すらない。


「雲雀さん。」
「…君か。なんのようだい?」


ひとまず戦いを終え、これからボンゴレアジトへ戻ろうとした矢先に綱吉が遠慮がちに雲雀へ声をかけた。その声には恐れよりも、心配の色が強く表れている。
不思議そうな表情をする雲雀とは対照的に、綱吉の顔は厳しいものだった。


「どこか体調の変化はありませんか?」


周りに聞こえることを恐れるように、綱吉は小声で雲雀に尋ねた。その質問内容に雲雀は少々目を丸くする。

この世界に来てから感じていた体の違和感を、今さっき再会したばかりの綱吉が何故知っているのだろうか。未来の自分が綱吉に自分の出生を暴露したことなど雲雀が知る由もない。雲雀は不思議に思いながらも、体に襲いかかっているダルさには辟易していたから素直に答えた。


「少しだるい感じはするね。…あと、何だか動きにくい。」


不愉快だ、と形の良い眉を顰めて雲雀は小さく吐きだした。雲雀の答えに綱吉もまた眉を寄せる。思ったよりも影響が早く出てきてしまったらしい。
ああでも、それも仕方のないことかもしれないと思う。何せ、まだ雲雀は中学生なのだ。体が出来上がっておらず、まして未知の光に対する免疫など持っているはずがない。

未来の雲雀であれば少しは持ちえたであろう、ノン・トゥリニセッテの免疫を中学生である雲雀に持ちえるはずがなかった。


「すみません、雲雀さん。ちょっと失礼します。」
「…ちょっと何してるの。」

「十代目?!」


会話が聞こえないながらも、二人の成り行きを見守っていた獄寺が声を上げた。雲雀も綱吉の突然の行動に無表情ながらも驚いている。そして、獄寺と同じく成り行きを見守っていた山本も声を上げずとも目を見開いて驚いていた。

皆が驚愕している中で、綱吉はそんな視線に構うこともなく真剣に雲雀と向かい合っている。いや、正確には雲雀の額に手を当てて、真剣に彼の体温を測定していた。
綱吉が妙に慣れた感を漂わせていることに気づく者は一人もおらず、ただ草壁だけが雲雀を心配そうに見つめている。


「…雲雀さん。」
「なに。」


す、と雲雀の額から手を離し、綱吉は神妙な面持ちで真正面にいる雲雀に声をかける。そこに過去の世界でも、未来の世界でも存在していた怯えは一切含まれていなかった。綱吉の声にあるのは、焦りと心配の色だけだ。

綱吉が神妙な面持ちをするのに、雲雀は少々面食らう。この草食動物は自分にこんな表情を向けることなどなかったはずだ。しかも、このような至近距離で、真正面からなど。

雲雀と皆が困惑する中で綱吉は草壁に視線を送る。その瞳には真剣な色が宿っており、視線を向けられた草壁はそれだけで綱吉が何を伝えたいのかを理解したらしく、背負っていたランボやイーピンを降ろし、雲雀の元へ向かう。


「雲雀さん、今から貴方は休んでください。」


有無を言わせぬ声だ。死ぬ気の炎を灯してすらいないのに、こんな声も出せるのかと場違いながらも草壁は感嘆してしまった。しかし、すぐに主である幼い姿の雲雀の元へとたどり着く。不思議そうに自分を見上げる雲雀は、きっと自分が中学生の草壁であると思っていたのだろう。見た目は中学時代からあまり変わっていなかったから、それも仕方のないことかと、幼い主の視線に苦笑いを返しておいた。


「恭さん、私が貴方の部屋にお連れします。」


ふわり、と自分に比べれば小さい雲雀と軽々と抱き上げる。草壁がこんなことをするとは思っていなかったのだろう。抱きあげられた雲雀も、綱吉以外のギャラリーも皆が目を見開いて草壁を凝視している。
しかし、そんな視線よりもまず雲雀が最優先であったため、草壁は茫然とするファミリーに軽く頭を下げてから綱吉に目配せをして、足早にその場を後にした。
その際、雲雀に抵抗が見られなかったのは混乱が羞恥心を上回ったためだと後に綱吉は語った。



「十代目!あれはどういうことなんスか?!」


草壁と雲雀が去った後で、ようやく硬直が解けた獄寺が綱吉に詰め寄ってきた。その顔には驚愕がありありと浮かんでいる。詰め寄る獄寺の後ろには同じく驚きが隠せないらしい山本がいた。
ちらりと周囲に目を向けて、状況を判断した綱吉はこの二人になら言ってもいいかと思い、小さな声で二人に告げた。


「雲雀さんがこの世界で無理をしないように、気をつけて欲しいんだ。」



父親が死んだことすら、彼はまだ知らないから。











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