銀魂

□神威。
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届かぬ思い





阿伏兎が暗い廊下に蹲る神威を見つけたのは皆が寝静まり、戦艦内の人の気配が希薄になる時間だった。

いつも結われている神威のみつ編みは解け、柔らかいウェーブがかかった桃色の髪の毛が背中に流れている。
膝を抱えて、外界を拒絶している神威は酷く幼く、阿伏兎は眉を寄せた。

この先には阿伏兎の部屋と、神威の部屋がある。神威の蹲っている場所は阿伏兎の部屋の前だった。
ここに近づく者は少なく、まして今は深夜。こうして神威が蹲っていても誰も気づかないだろうが、それでも阿伏兎にとっては厄介なことに違いなかった。


「団長、何してんですか?人の部屋の前で。」


神威の返事はない。阿伏兎は無機質な天井を見上げて溜息を吐いた。いっそのこと部屋に押し入ってくれればよかったのに。そう思わずにはいられない。
可能性は低いとはいえ、神威のこのような姿を誰にも見られるわけにはいかないのだ。

阿伏兎はガシガシを頭を掻いた後、微動だにしない神威の肩を掴んだ。


「団長、ひとまず部屋ん中に入るぞ。」


神威の動きはなく、阿伏兎は仕方なく神威の腕を掴んで引き上げた。俯きながらも立ち上がったところを見ると、一応意識はあるようで阿伏兎は内心ほっと息をつく。
そしてそのまま神威を子供のように抱き上げる。普段の怪力が発揮される身体は軽く、結われていない髪の毛が抱き上げられた時の動きで仄かに香った。


動かない神威をベッドに腰掛けさせ、阿伏兎は彼の隣りに腰を下ろす。
本当に手のかかる子供だ。しかも、本人が子供だと自覚していないから尚のこと始末が悪い。神威が無意識に阿伏兎を信頼しているのだと解釈すれば少しは気持ちが晴れるだろうが、阿伏兎にはそのような感情を持つことができなかった。

神威が阿伏兎に抱いているのは信頼ではない。彼が求めているのは、過去に捨てた家族の面影だ。

神威の父親である星海坊主の若かりし頃と阿伏兎がよく似ているのだと、鳳仙が酒の席で零していたのを阿伏兎は覚えていた。


「団長。」


呆れたような声で呼びかければ、神威は阿伏兎の肩に頭を預ける。長い桃色の髪の毛が神威の表情を隠し、感情の表出を妨げている。
阿伏兎は溜息を吐いた後、神威の肩に手をかけて彼を己の胸に押し当てた。依然として言葉を発しない神威を抱き、阿伏兎は静かに言葉をかけた。


「我慢すんな。今は我慢しなくていい。」


阿伏兎の言葉に、彼の腕の中にいた神威は小さく動いた。そして緩々と腕を上げると、阿伏兎の服を掴み小さく肩を揺らす。
押し殺した嗚咽が阿伏兎の耳に届いた。


(なんでこんな子供なんだか…。)


静かに泣く神威の頭に手を置きながら、阿伏兎は心の中で悪態を吐いた。
本当になぜこのような子供が、ここまで苦しまなくてはならないのだ。夜兎の血を誇りに思ってはいるが、子供を悲しませる血に憎しみにも近い感情を抱いているのもまた事実だった。

そして、血への憎しみ以上に彼の父親に対して殺意が湧く。


(なんで気付かねぇんだ…!)


覚醒した息子がそんなにも恐ろしいか、憎らしいか。その息子がどれだけ苦しんでいると思っている。なぜ、父であるお前が気づかない。

こんなにも家族を思う神威のどこが恐ろしいと、憎いというのだ。
血に覚醒したというだけで、過去の全てをなかったことにするつもりなのか。神威の優しさを、不器用な愛情を、なぜ見ようとしない。

家族だろう、あんたたちは。


阿伏兎の悪態は、彼の腕の中から聞こえてきた寝息によって終わりを告げた。






最強と謳われる彼の父に告ぐ。







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