企画小説

□10万打企画
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シンオウの後輩たちにバトルを教えるのは、半ば必然的なことだったのだろう。レッドは表面的には穏やかな笑みを浮かべて、いつもゴールドにしているようにバトルを教えていた。

筋はいい。図鑑所有者なのだから、一般的なトレーナーよりも何かしら能力が優れているのは確かだろうが、それでも素直で熱心な態度と、教えられたことをどんどん吸収していく彼らに喜びに似た感情を覚えた。

しかし、それはあくまでダイヤとパールに関してだけだ。レッドはちょこん、と木の下に座っているプラチナを見て誰にも気づかれないように溜息を吐いた。


(…あんまり危ないことには関わって欲しくないんだけどな。)


レッドの願いはプラチナが図鑑所有者である時点で打ち砕かれていると言っても過言ではないのだが、異母妹に傷ついて欲しくない兄心というものがある。生まれてこの方、兄として接したことはないが、レッドにとってプラチナは温かい気持ちを抱ける唯一の肉親なのだ。

危ないことをして欲しくないという気持ちは湧き上がってくるばかりで、それを押し留めることはできなかった。


「レッドさん、どうしたんですか?」
「…ん?ああ、何でもないよ。それより、一通り終わったみたいだな。」


どこか遠くを見ていたレッドにパールが首を傾げるが、レッドはすぐに笑顔を作って訓練に没頭していた彼らに声をかけた。ダイヤとパールは少々息が上がっているものの、レッドに晴れやかな笑顔を向ける。


「うっす!それにしてもハードだったなぁ…。」
「何だ、結構余裕そうに見えたぞ?」

「それはパールだけですよ〜…。オイラはもうダメ〜…。」


ばたり、と音を立てて草むらに倒れるダイヤにレッドは苦笑を零す。傍らのパールはそんなダイヤに呆れるように、しゃがみ込んで彼の頬を突くが、パールの額にも大粒の汗が浮かんでおり、両者とも疲労の色は隠せていなかった。

少しやり過ぎたかな、とレッドは二人の様子を見て心の中で呟く。ゴールドと同じような修行メニューを組んでいたのだが、やはり力の差はあるらしい。今度はもう少し加減をするか、とレッドが思いかけた瞬間、辺りの空気が張り詰めた。


「…ダイヤ、パール。二人ともプラチナの傍に行くんだ。」
「え、」

「いいから早く!」


二人はレッドの急変に目を丸くしていたが、ただごとでない雰囲気を感じ取り、慌てて腰を上げる。そして木陰で二人と同じように、場の変化に困惑していたプラチナの元へと走った。

レッドはダイヤとパール、そしてプラチナを背で庇うようにモンスターボールを構える。一瞬感じた不穏な気配、殺気にも似たソレは野生ポケモンには強く、かと言ってトレーナーのものでもなかった。

ならば、考えられるものは一つ。マサラとトキワの両方に位置するこの場所に、トキワの森のポケモンが迷い込んできたに違いない。

それも、かつての異常繁殖により凶暴化したポケモン。ならば、この殺気にも納得がいく。レッドの考えを読んだかのように、生い茂った草むらの中から野生では珍しいニドキングが殺気に目を光らせて現れた。


「…よりによってお前かよ…。」


紫色の巨大な体躯にレッドは小さく呟いた。二ドランの最終形態であるニドキングは、野生であっても攻撃力、防御力に優れている。加えて、周囲を巻き込みかねない強力な技を有している可能性がある。

今までの経験が、レッドに僅かな焦りを生みだした。自分ひとりならばいい、自分一人ならどんな技を繰り出されようが反撃する自信があった。しかし、レッドの後ろにはプラチナたちがいる。それも万全の状態ではなく、疲労から動きが鈍くなっているのだ。


「レッドさん!!」
「三人とも、そこから動くなよ!」

「――!!!」


レッドの声に呼応するように、ニドキングが大きな鳴き声を上げる。レッドは素早くニョロをボールから出した。そして、瞬時に彼へ命令を飛ばす。


「ニョロ、冷凍ビーム!!」
「――!」


ニョロの手から強力な冷気が放出される。ニドキングの足元で硬い氷が根を張った。しかし、ニドキングは足元を氷で覆われているにも関わらず笑みを浮かべている。まさか、とレッドの頭を一つの可能性が過った。

そして、それを肯定するかのようにニドキングが大きな拳を地面に向かって振り上げる!


「――地割れかよっ…!」


巨大な振動がレッドたちに襲い掛かる。ビキビキと音を立てて崩れる地面、それはレッドの横を通り抜け、一本の大きな木を目がけて走っていく。その方向に、レッドの目が見開かれた。

その先には、プラチナたちがいるというのに。


「皆っ、避けろ!!」


レッドはプラチナたちがいる方向へ走り出した。その間にも地割れは三人を呑みこもうと浸食の手を伸ばしている。もう少しで三人を地割れが呑みこもうとした時、ダイヤとパールを大きな何かが引っ張り上げた。


「わわっ!プテ?!」
「お嬢さまっ!!」


ダイヤが取り残されたプラチナに向かって叫ぶ。地割れがプラチナに襲いかかろうとした刹那、赤い線がプラチナに覆い被さった。

トレードマークである赤い帽子を宙に飛ばし、レッドがプラチナを抱え込むように飛び込む。そして、地割れの攻撃範囲外へと身を転がした。


「…っ…!!」
「レッドさん…?レッドさん!?」


レッドに庇われたプラチナが、自分を抱きかかえるレッドに声をかける。レッドは笑顔が良く似合う顔を顰めて、ゆっくりと起きあがった。ぽたり、と座り込んだままのプラチナの頬に滴が落ちる。

無意識に手をそこまで運べば、やけに温かいものであると分かった。滴の触れた手を見ると、そこに付着していたのは鮮やかな赤い色。


「だい、じょうぶ…。ちょっとすりむいただけだからさ。」
「で、でも…!」

「心配いらないって。それより、怪我はないな?」


地面を転がった拍子に皮膚が削られた額から血を流しながらも、レッドは笑顔でプラチナに尋ねる。その酷く優しげな声と笑顔に、プラチナはただ頷くことしかできなかった。

そうしている間にも、ニドキングは次の攻撃を繰り出そうとしている。攻撃の反動はどうやら感じていないらしい。やはり異常な進化を遂げた彼は、普通の野生ポケモンとは逸脱しているのだろう。


「レッドさん、来ます!」


上空からパールの声が降り注ぐ。レッドはプラチナを守るように立つと、傍らに控えていたニョロへ向かって頷いた。

ニョロはレッドの目を見て、攻撃の体勢を整える。気心が知れた幼馴染には、そのやりとりだけで十分だった。レッドとニョロはニドキングに向かって、最後の攻撃を下す。


「ニョロ、ハイドロポンプ!!!」
「――!!!」


バシャン!と大きな水飛沫を立ててニドキングを大量の水が襲った。その直撃を受けて、ニドキングはドサリと倒れる。ニドキングが繰り出そうとしていた地震は、発生する前に封じられていた。

ニドキングが倒れたことに、プラチナやダイヤたちが安堵の息を吐く。プテはゆっくりと二人を降ろすと、心配そうに主人であるレッドの傍へと寄った。


「…レッドさん、大丈夫ですか…?血が、」
「見た目ほど酷くないから大丈夫だよ。そんな顔しないで。」


レッドが自分を心配げに見つめてくるプラチナに向かって苦笑を零す。そして、同じように自分を見つめてくるプテやニョロ、ダイヤたちにも大丈夫だと言って苦笑した。


「お前らに怪我がなくて良かった…。」


ぽん、とプラチナの頭に手を置いてレッドは本当に安心したという表情を浮かべる。その顔にプラチナは困惑を隠せなかった。何故、自分のことよりも、会ったばかりの後輩を気にかけるのかが分からなかった。

しかし、レッドという人物の人となりを多少でも知っていれば、それは彼の性格故のことなのだと理解することもできた。だから、気づくことができなかったのだ。

レッドが、プラチナが傷つきそうになった刹那、浮かべた恐怖の表情を。
喪失に怯えるレッドの表情に気づくことなく、プラチナはレッドの自己犠牲を厭わない優しさに触れていた。




(愛しい君を守ることが、俺の役目)










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