銀魂

□神威。
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家族の形。



吉原の一件以来、神楽の様子がどこかおかしいことに気づいたのはつい最近のことだった。いつも万屋で馬鹿騒ぎをして、その小柄な体からは考えられぬ量の飯を食べ、大声で騒ぎ、満面の笑みを咲かせる。
そんな神楽をずっと近くで見てきた銀時には、神楽の変化がわかってしまった。

新八も気づいている。気づかぬはずがない。彼は自分よりもずっと神楽に近い位置にいた。保護者としての自分ではなく、友人として対等な位置にいた。
そして、何よりも夜兎の血が覚醒した神楽を直接見たのだ。

神楽の変化に気づく要因は、どこかしこに転がっていた。


「銀さん、神楽ちゃんは…。」


こうして銀時に質問してくるのも一体何度目になるのか。銀時は沈んだ表情をしている新八から目を逸らして、暗く淀んだ曇り空に目を向けた。
新八は銀時の視線がこちらを向いていない、新八を見ようとしていないことに少々腹が立ったが、そんな一時の感情よりも優先すべきことがあったから、我慢した。


「神楽ちゃんはどこに行ったんですか。」


がらんとした万屋。定春がいるのにも関わらずそう感じるのは、きっと彼女がいない所為。いつもだらけている銀時が沈んだ表情で何をするのでもなく座っていた所為だ。


「銀さ、」
「あいつなら散歩だっつって出てったよ。」


朝っぱらからな。

銀時の言葉に新八は眉を寄せる。朝から出て行ったと銀時は言った。それ自体はさして珍しいことではない。
しかし、現在の時刻は既に午後も終わり、夜に入りかけている時間だ。こんな長い時間外に出ているなど、普段の彼女ならあり得ない。

神楽は銀時や新八に心配をかけるような行動を進んでする子ではない。


「どうして探しに行かないんですか!銀さんだって知ってるでしょ?!神楽ちゃんはっ…!」

「俺が行っても、どうもなんねーよ。」


諦めたかのような銀時の言葉。新八は言葉に詰まった。彼の言葉が酷く重たく、悲しんでいるように感じたのだ。
いつも飄々として掴み所のない人ではあったが、人一倍情に厚いのを新八は知っていた。そして人として尊敬できる人であることを、とても強い人であることを知っていた。

だからこそ、こんなに弱々しい銀時の声に戸惑った。


「銀さん…?」
「これは俺が易々と入り込める問題じゃねーんだよ。…家族を知らない俺が…。」


あいつの立場を理解してやれる奴じゃなきゃ無理なんだ。

銀時が見上げた空は今にも雨が降りそうな程に淀んでいた。す…、と窓の外に手を伸ばすと小さな水の滴が一粒落ちた。

新八は銀時の言葉を頭の中で反芻していた。
家族を知らない、と彼は言ったのだ。彼がどんな過去を持っているのかを新八は知らなかった。桂との関わり、高杉との関わりから攘夷に参加していたことくらいしか新八は知らなかった。
無論、銀時の家族についても同様だった。結局のところ、新八は銀時について何も知らないのだ。


「…ぎ、」
「雨が降ってきやがったな。」


新八の言葉を遮って、銀時は振り向いた。そこにいたのはいつものように微笑む銀時だった。だが、どこか存在が霞んでいるように見えるのだ。存在が霞んで見えるなど、どうかしていると思いながらも、新八にはそう感じられて仕方なかった。

現状に戸惑っている新八に銀時は苦笑した。そうさせているのは自分だろうに、新八が微笑ましく映る。それはきっと生きてきた年月、その過去故なのだろう。


「うちの馬鹿娘もそろそろ帰ってくるだろ。…ちょっくら、外で出て待ってるわ。」
「銀さん!」


新八の横を通り過ぎて玄関に向かおうとする銀時を呼びとめた。新八の呼びかけに銀時も外に出ようとする足を止める。
取っ手に手をかけたまま、新八に顔を向けた。


「どした。お前も来っか?」
「…銀さん、銀さんにとって家族ってなんですか。」


新八の質問が予想外だったのか、銀時は目を丸くした。今の話の流れでそう来るとは思わなかったのだ。銀時を見つめる新八の瞳は酷く真っ直ぐな目をしてした。

ふ、と銀時を口元を緩ませる。新八はどこまでも優しい子だ。


「絆がありゃ、誰って家族になれるだろ。」
「じゃあ、神楽ちゃんと銀さんも家族じゃないですか。」

「家族を知らないとか、知ってるだとか関係ないじゃないですか。銀さんはもう神楽ちゃんの家族ですよ。じゃなきゃ「うちの馬鹿娘」なんて言えません。」


「二人は万屋っていう家族じゃないですか。」


本当に新八は優しい子だ。銀時は襖の取っ手から手を離し、新八に歩み寄る。頭一つ分低い新八に手を伸ばす。


「ばーか。なんでお前が泣いてんだ。」


流れる涙を拭ってやれば、新八は銀時を睨みつけた。その行為すら銀時にとっては嬉しいものだった。家族と言ってくれたこの子に、家族の在り方を自分の中で持っていながら、それを持っていなかった自分に、家族を与えてくれたこの子が、この子の優しさが嬉しかった。


「アンタの所為でしょうが!」
「なんで銀さんの所為?あれだろお前、お前が勝手に一人劇場して役に入り込んで泣いてんじゃねーか。」
「…もういいです!」


銀時の手を振り払い、新八はずかずかと玄関に歩いていく。呆気に取られながらも、笑みを隠そうとしない銀時はその背中を見つめ、やがて自分も歩みを始める。


「ほら、早く神楽ちゃんを迎えに行きますよ!」
「わぁーってるよ。あと新八、さっきのに訂正入れとけ。」
「は?」

「万屋は二人じゃなくて、定春とお前も入ってんだよ。」



さぁ、家族のお姫様を迎えに行こうか。




(神楽。ほら、いい加減に帰るぞ。)
(帰る?)
(何呆けてんだよ。帰るっつったら家に帰んだろうが。)
(ほら、神楽ちゃん一緒に帰ろう。)

(…っうん!)





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