陽の道

僕の兄ちゃん
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お そ い … 。

僕はベッドサイドの時計に目を向けました。もう時刻は深夜3時をまわろうとしていた時の事でございます。
彼は職場の飲み会らしいが、どうせまた二次会だ三次会だとハシゴをしておるのでしょう。
それでも静かに帰って寝てくれればいいものを――。

「ただいまぁ〜〜」
彼だ。もう、大きな声を出すなと云うのに!僕は頭まで布団を被りました。しかし、ダンダンとやたらに大きな音で階段を上る音が嫌でも聞こえ…。
そして、ドアを開ける音を聞きました。そう、僕の部屋のものです。
「がっはっはっは!靖也(やすなり)、見ろ〜俺は少女誘拐犯だぜえ〜」
…また戯言を。何なんだよ、と仕方なく布団から顔を出し奴の方に目を向けると…。

彼が持っていたのは、何とミカちゃん人形! 女の子にロングセラー人気の、あのミカちゃん人形!!
「ほえ!!?」
「ミカちゃん誘拐してきちまったぁ〜あんまり可愛いからよぉ〜ケケケ」
酒臭い息を吐きながら、彼はミカちゃんのスカートを指先でチラチラとめくりあげる。彼は比較的男前と呼ばれる部類の容姿ではありますが、その姿はいわゆる変態親父そのものでございました。

「兄ちゃん…また酔っ払って余計なもの買ってきたな?もういい加減にしろよ金ねえのにも〜〜!どうする気だよそれ」
「いやぁ〜どうするもこうするも、俺達結婚するんだよな〜ミカ?『うん、あたし仁志(ひとし)さんの奥さんになる』」
へらへらと笑いながらミカちゃんに同意を求め、そしてミカちゃんの声を自演してみせたのです。

「ああもううるせえ勝手に結婚してろ!早く寝ろっ!!」
そんな彼が非常に鬱陶しく、ぐいぐいと部屋から押し出し、ドアを思い切り閉めました。が、また直ぐに開けられて。
「靖也〜俺は今から寝るからな、ミカと一緒に」
「勝手に寝てろっ!!」
彼には、そんな人形よりもダッチワイフでも抱かせた方が良さそうな…、等と下らなくもえげつない考えを過らせながら、僕は布団に潜り込んだのです。
全く、いつもいつもこの兄には振り回されっぱなしなのでございます…。

我が家には母親がおらず、父と兄と弟、そして僕という男ばかりの四人家族でございます。
この兄・仁志(今年で28歳)は市役所勤務の公務員。これまた結構な激務の部署にいるうえに残業も多く、一見能天気に見える彼も少なからずストレスがたまってはいるようなのです。

その反動なのか、家では非常にだらしなく、服を脱いだら脱ぎっぱなし等というのはまだいい方で、
厠の戸を開け放して用を足すわ、食事中に放屁をするわ、風呂上がりにゴリラの如く全裸でうろつくわ。
おまけにミカちゃん人形の件といい多少ロリコン気味なのか、年偽って女子高生のメル友なるものをつくるわと、一歩間違えると犯罪行為まで!
いつその手首に手錠をかけられるか、気が気ではありません。

嗚呼、僕の心配を余所にガーガーと大きないびき。
僕は忌々しさのあまり、ガン!と一つ、壁を叩きました。
「うるせえぞ呼吸止めろ!!」
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