短編小説

□20世紀の終末
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十年後、お前たちがこの世界を征服した頃、新時代を統べる者が訪れるだろう。この世界にとって、彼女は滅びの神だ。彼女が忘れた靴を取り戻し、戴冠した時、新しい時代が幕を開ける。
      2000年08月15日  
    The Ruler Proclamation 二〇〇〇年
一人の少女が、広大な畑の中で祖母の名を叫んでいる。夏の風は全く吹かず、ブルネットの髪はすとんと引力に従い真っ直ぐにおとなしい。夕日は真西に傾き、一帯の景色は緋の色に染まり、茶色の地面には真っ黒い影が背高く伸びている、夏休みの終わり、祖母の家を訪れた。午後、未開の雑木林へ足を踏み入れた後、向こう側へ出てしまったのだ。位置関係はよくは分からない。けれども、この雑木林を来たのと逆に取りぬければ、元に近い場所に着くはずだ。再び陰る林の中へ引き返す。サンダルの足に雑草があたって俄かに痒い。中は涼しかった。夕日は遮られ、まるで別の何かが支配する空間のようだ。そのまま真っ直ぐ、前へ前へと歩く。足元には見たことも無い草が生えている。
 線路が現れた。
 サンダルの先端が当たってコーンと澄んだ音を立てた。茶色いさびた線路が、確かに存在した。こんな雑木林の中に、なぜ線路が。電車が行き交う道路沿いのJRのものではない。左右を見渡すと、視界の果てまでひっそりと線路は続いていた。廃線にしたものをそのまま放置しているのだろうか。落ち着いて考えようと心を静めると、周囲の静けさが身に染みた。何者もここにはいなかった。異様に緊張してしまう。未知に遭遇してしまった。でも知りたい。少女は線路沿いに進んだ。   
暫く、疑心暗鬼に駆られながら、まるで敵地を進む兵士のように、辺りを執拗に警戒しながら歩き続けた。頭上で小鳥が鳴きながら飛び去った。びくりと肩を震わせて見上げる。そして数秒後、再び警戒し全身を進める。
 一軒の、木造の小屋が見えた。この辺りの畑を所有する農家のものだろうか。そのまま近づいていく。人がいたならば、道をきこう。
 そう一歩踏み出した瞬間。右足のサンダルが滑って足が横にずれ、ぐきりと足首を曲げて転んだ。
「Who is it?」
その物音に気付いてか、男の声がした。男が草の中をこちらへ向ってくるのが聞える。直後、彼の影が少女の足元まで伸びていた。背後およそ2メートルほどにいるらしい。
「……I have lost my way.」
振り返って答える。全く気付かなかった。この場所で英語だとは。自宅付近ならば米軍基地の者であろう、この田舎では、そう外国人はいない。男の影は近づく。逆光で見えなかった顔が次第に明らかになった。白人の男性だ。髪は黒いが眼は青い。少しの間彼は少女を見つめると、しゃがんで彼女を抱き上げた。
「What?What?What are you doing?」
少女は余りの困惑に、男に問い続ける。しかし彼は無視し、少女を先の小屋へと運んでいった。
 少女のサンダルが、茂みの中に残された。
 十年後。二〇一〇年。
ある女子高生が無人駅で下車した。定期は四駅前までしか効かない。車掌は不思議に思いながらも、追加の切符もチェックすると直ぐに発車した。電車が去り、再び静寂が訪れた。たまに軽トラックが通り過ぎるくらいだ。意を決すると、彼女は雑木林の中へ踏み込んでいった。すっと日光が消え、薄暗くなった。あの時と同じだ。ここだけ違う世界のようだ。十年前を思い出す。

小屋に着くと、男は少女を近くの椅子に座らせた。背もたれが細くそこそこ高く、まるでトムソン椅子のようだ。座面が高く、足が宙にぶらつく。男が奥の方から戻ってきた。少女の前にしゃがむと、ペットボトルに入れてきた水で彼女の膝下の傷口の砂を洗った。捻った足首の痛さで気付かなかったが、傷は踝から膝まで、足の外側を縦断していた。
『なぜ道に迷った。』
訛のきつい英語だった。アメリカ人ではないのだろうか。
『今夏休みで、おばあちゃん家に来てたんだけど、林の中に何があるかきになって、つい、入ったら、迷っちゃった。』
男は少女の脚に何か薬を塗ると、ガーゼを当て、丁寧にテーピングをした。
『あ、ありがとう。』
男の手が離れた。彼は立ち上がると、少し先にあったテーブルから一杯の紅茶を持ってきた。
『お前は…………。』
最後の単語がわからなかった。
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