短編小説

□沈黙は金なり
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オレは、人嫌いだ。ただ一人を除いて。


「ん……鴨川駅?……了解、駅員さんに言えばいいんだね。」
隣で凌がケータイの向こうの友人に返事をする。つくづく思う。こいつには一体何人友人がいるのか。
「赤羽さんの荷物、海斉学院高のに混じってたらしい。友達の優実が鴨川駅に置いていくから駅員から受け取れって。」
オレ達は、競泳の国体の県予選大会で県営プールに来ていた。帰りにリュックを背負おうとしたところ、もとあった場所に無かった。その後暫く探せども見つからず、チームメイトは皆帰ってしまった。そんな中、駄目もとで頼んだら凌が残って捜索に尽力してくれたというわけである。その尽力というのも、今日出場していた知り合い全員にメールを送り、情報を収集するというものだった。送った総数は二十二。
小学生のときからかれこれ11年目になる選手生活の間に気付き上げてきた人間関係というものは恐ろしい。
「さ、行こ。きっと駅前にチリンチリンアイスあるよ。」
ケータイをチェックする彼女に思念を巡らしていると、不意打ちのように声を掛けられた。
「奢ってやるよ。ただし一個までな。」
「へぇ赤羽さんが奢りとは珍しい。」
紺色のショートパンツに黒の長いTシャツ、プールサイド用のサンダルのままの足は褐色に焼けて、セミロングの髪は金色にまで色が抜けている。しかし傷んでいないのには感嘆する。
「駅までどれくらいだ。」
いつもはバスだが、渋滞回避と会場の駅からの近さから、今回は各自現地集合・現地解散の電車移動だった。
「歩いて十五分くらい。十七時台は九分の快速一本と二十一分と四十四分に鈍行が二本、五十二分に急行が一本。けど快速と急行は赤羽さんの駅止まんないよ。」
「……で。」
「三十五分の鈍行でど?」
「ならそうする。」
オレの投げやり感に、彼女はこちらを見上げてきた。こんな身体のどこに八百メートルなんて体力勝負をするパワーがあるのか知りたい。彼女はかなり小さい。だが態度と口はでかい。文句は遠慮しない。
「なんなんだよ。お前はいっつもそうやってヒトに任せるし、拒否しねぇし、意思表示ぐらいしろよ。」
「ねぇもんはねぇ。」
「…………。」
お前の方が電車に詳しいのだから、任せて何が悪い。それにオレがでしゃばるよりもお前に任せたほうが賢明だろ?お前、見た目は馬鹿だが無自覚に頭いいぞ。
「そんなんじゃ女の子にもてないよ。」
よくもへらへらとぬかしやがって。
「他は悪くねぇんだからさ、もうちょっと口を…………すんません。」
睨みつけたか?オレ。
「眉間の皺。目つき。口。この三ヶ条だ。赤羽さんが彼女できる為の条件。」
「馬鹿かお前は。」
どうもオレは近寄り難い雰囲気をかもし出しているとか。そんなオレになつくお前は本当馬鹿だと思う。
「ほら、アイス。暫く黙ってろ。」
オレはチリンチリンアイスのおばちゃんに三百円を払うとアイスをコイツの口に突っ込んだ。茶色から順に黄緑、ピンク、水色、黄色とあっという間に消えていく。コイツは他人の三百円を自覚して食っているのだろうか。白の層に侵食し始めた。モナカも同時に音を立てながら口の中へ。マジで黙ってしまった。当たり前か。食ってるんだもんな。
「なあ、あそこのコンビニで紅茶買ってちょう……。」
「待ってろ。」
「…………。」
片側三車線の道路脇の歩道で呆気に取られている。まさかオレが承諾するとは思わなかったのだろう。少しくらい可愛がってやるよ。
「ほら。感謝しろ。」
オレは五百ミリリットルの紅茶を投げつける。それを左手でナイスキャッチすると直ぐに口を付ける。そしてストローを噛む。そんでもって三分後にゴミを手に余すんだろ?
「……何かあったか。それとも自分、何かいけないこと言った?」
「別に。」
その訝しげな目は何だ。人の好意が気に入らねえか?
「……真面目な話すっけど、お前、三年だろ。どこ行くんだ。」
「えっ…………。」
何でコイツがオレの進路なんか気にかけるんだ。訳がわかんねえよ。
「…………聞いて、ぇ、どうする。」
「別に。」
オレと同じ手使いやがって。
「自衛隊だよ。自衛隊。海自だ。」
「……ふぅん。」
ストローを噛み続ける。中身はもう無いのだろう。
「いっちまうのかよ。」
何ふてくされてんだ。本当わけわかんねえ奴だなお前は。
「それより何よりお前は国体本選だ。去年の反省を生かして、この一年生から少しずつでも結果出してけ。」
予選でベストタイムを出すのが目的になっていたオレは何なんだ。何でコイツばかり何でも手にするんだ。才能あるコイツ相手でも、悔しくないといえば嘘になる。出来るならオレだって本選に進みたい。
「赤羽さん無しじゃ学校行く気しねぇや。赤羽さんが専門学校とか進んでくれれば、高校終わるまで朝一緒に電車乗れたのになって。」
「頭いい奴は勉強して大学行って世の為に還元しろ。」
オレは奴の手から空のパックを取って歩道脇のゴミ箱に投げ捨てた。それを奴はじっと見ている。何を考えているんだ。その目が嫌いなんだ。少しばかり憎々し気に彼女の目を見つめていると、彼女はまた口を開き始めた。
「……いい奴なんだからさ。もう少しでいいからさ、素直になってみろよ。」
くだらねえ。もう少しでいいからお前のそういうところ直せよ。どういうところか、具体的には上手く言えないが。
「あのさ……赤羽さんの表情とか口調窺ってると、自分嫌われてるんじゃないかって思うんだよ。けどさ、嫌われてたら相手にされてないだろうから、まだ大丈夫なんだと思う。」
「その通りだな。憎い奴にやるアイスも紅茶もねえ。」
うぜえ。うじうじしやがってらしくねえ。けど言えねえ。バッサリと切り捨てられない自分が情けなくて仕方ない。いつからこんなに情け深くなったんだオレ。いつからコイツに懐かれた。いつから他人について思案するようになった。
「いつから自分らこんな間柄になっちまったんだっけ?」
「オレに聞くな。」
蜩が鳴く。駅の西口に着いた。十七時五分。
「快速で帰るから。それじゃあ、お疲れ様。」
奴は背を向けると少しだけ振り返って手を振った。けれども目だけはギリギリまでオレに振り返っていた気がする。気のせいか。所詮オレの願望だろう。切符を買うと改札の向こう側へ行ってしまった。有名スポーツメーカーのショートパンツからむき出しの足が、サンダルをパタパタ鳴らしながら二番線に向う。背中のリュックの異様にでかいマスコットが上下に躍動する。いつだったかオレが最初で最後の全国ブロック別本選(北海道や関東などと全国をブロック分けした大会。都道府県予選を勝ち進む。)に行って来た時にあげた大会マスコットだった。まだつけていたのか。もっとも、その大会用のリュックにつけっぱなしなのだろうが。
 オレの足は自然と二番線に向っていた。切符を買っていないのも忘れ、自動改札も気にせず突破し、そのマスコットを追った。彼女の脚が階段を下りようとしたその時、オレは彼女の肩を掴んだ。
「待てっ!」
「!?」
少し息が乱れる。そんなにダッシュしていただろうか。
「鈍行で帰ろう。」
「……わかった。」
快速車両がホームを後にして行った。
 自分自身を殺したくなった。柄にも無くあんな走ってまで呼び止めるとは。何をしているんだ。馬鹿馬鹿しくて自らを死刑にでも処したい以外に何も無い。これから奴にどうせっすればいいんだ。
「何の用だ。呼び止めて。」
聞いてきやがった。一応空気ぐらいは読めるだろうから、きっと嫌がらせだ。そうやってお前は上から目線で人を試すんだろ?オレはどう返せばよいかわからない。
「…………知ってるか。沈黙は金だ。」
「Speech is silver,silence is gold.だろ。」
はいはい素晴しい発音だ。本人は無意識だろうが。
「やっぱりか。自分もきっとそう答えたと思う。」
だったら何だ。オレはどこまでもお前を斜めに見てやる。
 結局はオレはお前にこれを言いたいだけなんだろうな。

『お前のことだけは嫌いじゃねぇ。』
 

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