終焉之唄
□糸切想葬
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私の日常は、非日常の世界。
そこが、存在できる場所。
糸切想葬
窓から見えるのは薄暗い曇り空。太陽の光が遮られたこの天候を好むのは、己の心にも晴れることのない闇が存在しているからだろうか。
「お姉ちゃん、藍紗お姉ちゃん!」
窓から視線を戻すと、自分を必死に呼ぶ少年の姿があった。
「ああ、疾か。また来たのか?」
「うん。薬くださいって言ってるのに、二人共全然聞いてくれないんだもん」
二人共、と言って疾は店の奥で不規則に首を上下させながら瞳を閉じている老婆に目をやった。この薬屋全てと言っていいほどの仕事を藍紗に任せ、ほぼ隠居状態と化している店主だった。
「すまないな。いつもので良いのか?」
「うん!」
藍紗は慣れた手付きで棚から薬を取り出す。疾の為に用意されていたかのように、きちんと袋詰めされていた。
「ありがとう!」
袋を受取り、代金を渡そうとする。
「あれ!? おかしいな、ちゃんと持ってきたはずなのに……」
服や鞄のあちこちを探してみるが、どこにも見当たらないようだ。
「落としちゃったのかな……どうしよ」
疾は肩を落として泣き出しそうな顔で呟いた。
その様子を見た藍紗は困ったように笑って頭を撫でてやった。
「気にするな。私が払っておく」
「だ、駄目だよ! 僕、決めてるんだ。自分で稼いだお金しか使わないって。誰かに頼ってたら、お母さんだって喜ばない」
「疾……」
この幼い少年は、病弱な母の為に身を削って働いている。子どもとは思えない程痩せ細り、傷付き荒れた手を見れば分かる。どんなに苦労しているのか。
その点自分はどうだ。ここでの稼ぎは微々たるもの。残りは、人を殺して得た金。
純粋な人間を前にすると、一層自分に嫌気が差す。
「……これは貸しだ。後で返しに来い」
「でも」
「お母さん、早く良くなるといいな」
「お姉ちゃん……ありがとう!」
どんなに汚れていても、力になりたいと願ってしまう。それは、ただの罪滅ぼしから来るものなのだろうか。
「あのさ、お姉ちゃんさ、笑ってた方が可愛いよ!」
去り際に疾が振り返り、無邪気に歯を見せて笑う。
しばらく呆然としていた藍紗だったが、すぐに自然な笑みが溢れた。
非日常の中の幸せな日常が、長く続くことを願っていた――