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□禁じられた遊び
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いつのまにか眠ってしまったらしい。身体を揺さぶられてわたしは目を覚ました。
「愛里」
ただならぬ響きの声で名を呼ばれて、はっと身を起こす。わたしは恋人の腕のなかにいた。
「彬さん」
彼は座敷に膝をつき、両腕でわたしを抱き起こしながら顔を覗き込んでいる。驚いてわたしはまじまじと彼を見つめた。
いつもまったく隙のない完璧な身なりをしているひとが、額に髪を垂らし、うっすらと髭まで伸びている。仕立てのよいシャツやスーツも心なしか崩れたような印象を与える。
そしてなにより、彼自身がひどく疲れているように見えた。こんなことは今までになかった。わたしはあわてた。
「ど、どうしたの? なにかあったんですか」
仕事でトラブルが発生したのかもしれない。真っ先に思い浮かんだのはそのことだった。
彬さんはわたしに仕事の話はしない。だから彼がどんな仕事をしているのか知らないけれど、責任の重い役職に就いていることだけはわかる。
一緒に過ごしているとき、彼はわたしに気を遣ってくれているのか、携帯電話の電源を切っているけれど、そのあいだにも彼のもとには引っ切りなしに連絡が入っていることをわたしは知っている。
そうして連絡が取れない時間がつづくと、彼の秘書が直接迎えに来て、ものすごく冷ややかな目付きでわたしを一瞥して、彼に小言めいたことをいう。彬さんは不機嫌さを隠そうともせず秘書を追い返すけれど、秘書の乃木坂さんは彬さんが帰るまで外でじっと待ち続けている。
だから彬さんがとても多忙な立場にいることは、わたしにも察することができた。
もし仕事でなにかトラブルが起きたのなら、こんなところに来ている場合ではない、はず。
それならいったいなにが。
戸惑うわたしを強く抱き締めたかと思うと、その手で頭を掴んで上向かせて唇を塞ぐ。息もつけないような激しい口づけに、わたしはただ目を瞑ってそれを受け止める。
しだいになにも考えられなくなってきて、わたしは彼に身をゆだねた。
まるでなにかに憑かれたかのように、彬さんは何度も何度もわたしを抱いた。尽きることのないその行為にさんざん鳴かされた声は枯れて、わたしはぐったりと布団に身を沈めた。汗に濡れた肌の上を彼の手が滑る。うつぶせた首筋を彼の唇が掠めて、わたしはびくんと身を震わせた。
理性を持たない獣のようにひたすら交わり合い、快楽を貪り尽くした。
ふっと正気を取り戻して、ひどい羞恥と得体の知れない不安に襲われる。
今夜の彼はなんだか異様だ。
彬さんはもともと口数が多いひとではない。わたしは彼のことをごく一部しか知らないけれど、少なくともわたしのまえでの彼は、必要以上に言葉を弄ぶことをしない。
好きだとか、そういう好意を表す言葉さえ、一度も聞いたことはない。だけど、彼の目が、手が、わたしを抱くときの仕草が、言葉よりも雄弁に想いを伝えてくる。
ふだんのクールな態度とは裏腹なその情熱的な行為に、わたしはいつまで経っても慣れることができない。
でも、こんなふうに、底の見えない深い海にどこまでも沈んでゆくような、重く激しい愛しかたをする人ではない。このままではふたりとも溺れてしまう。
シーツに顔を押し当てて乱れた呼吸を整える。その背中に彬さんが覆いかぶさり、骨張った大きな手でわたしの身体を弄ぶ。片時もわたしを離そうとしない。
これはいよいよただごとではない。
「あの」
「なんだ」
汗ばんだわたしの髪に鼻先を埋めたまま、くぐもった声で彼が応える。
「そろそろ時間じゃあ」
「時間?」
どうでもいい、とつぶやいてわたしを抱き寄せる。困った。どうしたらいいのかわからない。
わたしは途方に暮れる。
いつもなら、窓の外が白んでくる頃になると、彼は身仕度を整えて自分の家に帰っていく。
彼がこの家に泊まったのはたった一度だけ。わたしの母が死んだ夜。
多忙なはずの彼は、そのときだけは一日じゅうずっとそばにいてくれた。
その夜。
わたしは彼の恋人に、愛人になったのだ。