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□禁じられた遊び
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 おかしな日だ、と思う。
 彬さんのようすもだけど、わたしもちょっとどうかしている。気が付いたらまったく知らない場所にいて、そこでかつてのクラスメイトに再会したり。
 柘植くんは変わっていなかった。相変わらず親切だったし、やはり少し不思議なひとだった。
 彼に助けてもらったときのことは今でもよく覚えている。
 わたしは子どものころから原因不明の頭痛に悩まされていた。なんの前触れもなく突然頭が割れるように痛みだしたり、ひどいときには痛みのあまりそのまま気を失うこともあった。
 父と母がとても心配して病院で検査を受けることになったけれど、脳に異状はなく、結局原因はわからないまま鎮痛剤で痛みを紛らわす日々がつづいていた。
 その日も、授業中に急に頭痛に襲われて、ぎりぎりまで我慢したけれどついに痛みに耐えかねて、教師に断りを入れて保健室へ向かった。
 が、途中で立っていられないほどの激痛に変わり、冷たい廊下にしゃがみ込んだ。だめだ、もう吐く、と思ったとき。
 肩を叩かれた。
 それは、たまたま目に付いた埃を払うような軽い接触だったけれど、その瞬間、嘘みたいに呆気なく頭痛が消えた。治まった、ではなく、まさに「消えた」という感じだった。
 びっくりして振り返ると、さっきまで同じ教室にいたはずの柘植くんが立っていた。なにが起きたのかわからず、わたしは呆然と彼を見あげた。
「大丈夫?」
 特徴のあるハスキーな声で彼が尋ねてくる。目を見開いたままゆっくりとわたしはうなずく。
 たった今、大丈夫になりました。
 座り込んだままのわたしに手を差し延べて、柘植くんはよくわからないことをいった。
「今日のはたちが悪かったからつい手を出してしまったよ。大変そうだね、海棠さん。つらかっただろう」
 彼の手を掴んで立ちあがる。その言葉の意味は理解できなかったけれど「つらかっただろう」というそのひとことが、思いがけず心に沁みた。視界がにじむ。
「わたし、おかしい?」
 鼻を啜りながら、ずっと不安だったことを口にしていた。
 柘植くんはクラスメイトだけど、とくべつに親しい間柄ではなく必要以上に言葉を交わしたことさえない。そんな相手からいきなり「わたし、おかしい?」と聞かれても返答に困るだろう。
 そう後悔しかけたわたしに、柘植くんはあっさりと返事をした。
「おかしくないよ。海棠さんはちょっと敏感なだけだと思う」
 きょとんとするわたしを見つめたまま柘植くんは尋ねた。
「海棠さんは、視えるのかな」
「え?」
「なんというか、人間でないものを目にすることはある?」
「えっと、それはつまり」
 霊とかそういうもののことだろうか。思いがけない話の展開に戸惑いながら首を傾げる。
 柘植くんはうなずく。
「霊的なものというよりは、棲む世界が違う、一般的には目に見えない、存在しないとされているもののことだけど」
 わたしはふるふるとかぶりを振る。
「見えません」
 そう、と柘植くんはつぶやく。
 なんだろう。それがわたしのこの頭痛と関連があるのだろうか。頭のなかが疑問でいっぱいになったけれど、とりあえず、ふと気になったことを尋ねてみる。
「柘植くんは、その、視えるの?」
 うん、とあっさり肯定されてわたしは絶句する。言葉をなくして立ち尽くすわたしに彼は問いかけた。
「ぼくのこと、気持ちが悪いと思う?」
 ふいの言葉に驚いたけれど、少し考えてからわたしは首を振った。
「気持ち悪いとか、そんなふうには思わないよ。それに、さっき助けてくれたんだよね? なにがなんだかわからないけど、柘植くんに肩を叩かれた瞬間、嘘みたいに頭痛が消えたの。ありがとう」
 お礼をいっていなかったことに気付いてあわてて頭を下げる。
「いや、それはたぶんぼくの力じゃないから。これを」
 制服のポケットからなにかを取り出してわたしに差し出す。反射的にてのひらを向けてそれを受け取ったとたん、身体が軽くなった。澱んだ空気を一掃したように清々しい気分になる。
 びっくりしててのひらを見ると、そこには小さな丸い石がのっていた。なんの変哲もないふつうの石に見える。
「なにか感じた?」
「うん、すごくすっきりした。これはなに?」
「よかった。効果があるみたいだね。たぶん、海棠さんは影響を受けやすい体質なんだと思う。そういうものを引き寄せやすい。海棠さん自身に問題があるわけじゃないから気に病むことはないよ。ぼくの知り合いにも似たようなひとがいる。本人は自覚していないようだけど」
 そういって柘植くんは微かに笑う。きっとそのだれかを思い浮かべて零れた笑みなのだろう。やさしい表情だ。
 どうしてか、胸がチクリと少し痛んだ。
「そのひとは、大丈夫なの?」
「うん。力のあるひとがそばにいてずっと守っているから」
 この石も、と彼はつづける。
「そのひとの力を受けているから魔除け代わりになると思う。海棠さんが持っていて」
「えっ、いいの?」
「うん」
 その石を、今もわたしは大事に持っている。
 効果はてきめんで、その日以来、あれほどわたしを苛んだ頭痛や吐き気はぴたりと止んだ。
 いったいどれほどの力がこの石に作用しているのだろう。
 柘植くんには聞きたいことがまだたくさんあったけれど、それからしばらくしてわたしの母が他界し、自分の身に起きたさまざまな変化によって、その日以降、柘植くんと個人的に話をすることはなかった。
 今日、あの場所で再会するまでは。



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