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□運命の人
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「な、なんでそんな、おれなんかのために」
「いっただろう。孝太が好きだから、ぼくの運命のひとだから。孝太のためなら、ぼくはどんなことでもするよ」
 なんつーこっぱずかしい台詞を真顔で淡々というんだこいつは。
 頭に血がのぼって顔が火照る。
 海里がおれの髪を撫でながら耳許でささやいた。
「だから、孝太、ぼくを選んでよ。そうしたら、ぼくはずっとそばにいて孝太を守れる。ぼく以外の人間に触らせたりしない、絶対に」
 うん、とうなずきそうになる。けれど。
「で、でも」
 おれのためらいを察したように、海里がいう。
「孝太は、キスより先の行為がこわいんだろう?」
 図星をつかれておれは息を呑む。強張った身体を、海里の手が安心させるように撫でさする。
「知っているよ。そうだろうと思っていた。だから、孝太に好きだといえなかった」
「…………え、」
「小さなころからへんなやつらに付け狙われて散々こわい目にあって。それだけでもじゅうぶんに恐ろしいのに、母親の情事まで見せられて。そのせいで、孝太にとって、性行為は汚らしい、恐ろしいものになってしまったんだろう?」
 おれは驚愕して海里を凝視した。
 なんで、そんなことまでわかるんだ。
「かわいそうに。こわい思いをしてきたね。でも、ほんとうは違うんだよ。性行為は、ほんとうに好きなひととだけするものなんだ。よく知りもしない相手とするようなものじゃない」
「え」
「キスもなにもかも全部、好きなひとだからしたくなるんだ。好きだから触りたいし、相手のすべてが欲しくなる。ぼくは孝太が欲しい。やさしくする。ひどいことはしない。ほんとうの愛情表現を、ぼくが教えてあげる」
 だから、と海里がささやきかける。
「ぼくを受け入れて。ぼくを愛して」
 強張っていた身体から力が抜けていく。海里がおれを抱きしめる。
 この腕がなかったら、おれはたぶん生きていけない。おれは海里にしがみついて、こくりとうなずいた。
「……ん。おれ、海里と離れたくない」
「孝太」
「く、苦しい」
「ごめん……、ありがとう。大事にするから」
「……うん」
 そわそわと落ち着きなく足を動かすおれに、ふっと笑って海里がいう。
「心配しなくていい。今すぐに孝太を抱こうなんて考えてないよ、さすがに」
 見透かされている。ほんとうに、海里に頭のなかを読まれているんじゃないかと疑いたくなる。
「ゆっくりおやすみ。そばにいるから」
「ん」
 あれほど、あの男に撫でまわされた感触が気持ち悪くてしかたなかったのに、海里の胸に抱かれていると、恐怖が薄らいでいく。
 おれはそのまま眠りに落ちた。

 *****

 翌朝。想像はしていたけれど、おれの顔は人前に出られないほど腫れていて。
 海里は笑ったりしなかったけど、目がすごくこわかった。今まで見たことがないような不穏な目つきをして、物騒なことをつぶやいた。
「あの男、絶対に許さない」
 おれは学校を休むことにした。
 一緒に休んでそばにいるといい張る海里をどうにか説得して学校に送り出すと、海里の部屋に閉じこもって、ぼうっとして過ごした。
 うとうとしていると、廊下を歩く足音が聞こえてぎくりとした。おばさんは二階にはあがってこない。海里もいない。ということは。
 起きあがると同時にドアが開く。
 海里によく似た面差しの少年が立っていた。完全に脱色した金髪に、見ているだけで痛そうな数のピアス。
 海里の弟だ。
「りっくん」
 子どものころの呼び名を口にしたとたん、彼――陸人の眉がひそめられる。不良の巣窟で知られている高校のグレーのシャツをだらしなく着崩した陸人は、ずかずかとベッドに近付いてくる。
「あいつに殴られたのか」
「え?」
 陸人は眉間に皺を刻んだ恐ろしい顔つきでおれを見下ろしている。
 あいつ、というのがだれのことなのかわからずにぽかんとしていると、陸人がいった。
「海里に殴られたのか」
 思いがけない言葉にびっくりして声が裏返る。
「は? 海里に? なんで?」
 聞き返したけれど、それには答えずに、陸人は小さく息を吐く。無言で睨まれて身が竦む。
 中学生になったころから、陸人は急に素行が悪くなった。それまでは、わりとおとなしい子で、小さいころには一緒に遊んだりもしたのに。
 そして。
 そのあたりから、この家のなかが荒れはじめた。壁に穴が開いたりガラスが割れていたり。おばさんがやつれだしたのも、このころからだ。
 そのことについて、海里はなにもいわないから、おれもはっきりとは聞けなくて。それに触れるのは禁忌だという、妙に張り詰めた空気に満ちていて。
 よくないとは思いながらも、見て見ぬふりをしてきた。
 こうして陸人と口をきくのはずいぶんひさしぶりのことだ。
「りっくん?」
「この家から出ていけ」
 低く、押し殺した声で彼はいった。



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