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□兄貴とサンタクロース
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そのあと、おれは実家に飛んで帰ると、昼間の一件で泣き疲れて早々に眠ってしまった冬馬を自分のベッドに連れ込み、腕に抱いて眠った。
サンタクロースについて、おれのいないあいだに母親から余計な入れ知恵をされてはたまらない。
「…………、にーちゃ?」
珍しく、夜中にいったん目を覚ました冬馬が身じろぎをして、おれも起きた。冬馬はまだ寝呆けているのか、おれの胸元を確かめるようにさわさわと撫でる。くすぐったい。
「ここにいるよ」
体温の高い身体を胸に抱き込みながら囁くと、安心したのか、おれのパジャマをぎゅっと掴んで頭をすりつけてくる。可愛い。
「にぃ……」
そうつぶやくと、すぐにすうすうと寝息が聞こえてくる。
「ごめんな、冬馬」
はじめて見たサンタクロースはさぞかし怖かっただろう。泣きじゃくりながら必死におれを呼び続けたという話を聞いて、すぐに駆けつけられなかった悔しさと、それ以上に嬉しさと愛おしい気持ちがあふれてくる。
可愛い冬馬。なにも怖がらなくていい。おれが守るから。
抱き寄せた柔らかな髪にそっと口づけてそう誓った。
♣♣♣
翌朝、目を覚ました冬馬はおれにしがみついて離れなかった。おれはそのままでもまったくかまわなかったが、鬼のような母親がそんなことを許すはずがなく。仕方なく、ベッドの横で仁王立ちする母親を横目に、サンタクロースについて冬馬に教えることにした。
「冬馬、昨日、クリスマス会で、サンタクロースに会ったんだって?」
クリスマス会、という単語に冬馬はびくっと身を震わせる。布団にくるまったまま、安心させるように小さな身体を撫でると冬馬はますますしがみついてきた。
「サンタさんはね、クリスマスになると、世界じゅうの子どもたちにプレゼントを届けるために、大きな袋を背負ってやってくるんだよ」
つぶらな瞳を見開いて冬馬はおれを見あげてくる。
「昨日、幼稚園に、赤い服を着た、白い髭のおじさんがきただろう?」
「ん」
「そのおじさんがサンタクロースなんだ」
冬馬は小さな頭で一生懸命おれの言葉を理解しようとしている。可愛い。
「クリスマスにはまだ少し早いけど、冬馬たちのために、プレゼントを持ってきてくれたんだ」
「…………こわく、ない?」
「怖くないよ。サンタクロースは子どもが大好きなんだ。だから、みんなのためにいっぱいプレゼントを持ってきてくれるんだよ」
さて、ここからが大事だ。おれはことさらにゆっくりと続けた。
「サンタさんは、たくさんの子どもたちにプレゼントを届けないといけない。でも、ひとりで世界じゅうをまわるのはすごく大変だろう?」
冬馬は、うん、と小さくうなずく。
「だから、サンタさんもたくさんいて、みんなで力をあわせてプレゼントを配っているんだ。今度のクリスマスの夜には、またべつのサンタさんが、冬馬の欲しいものを届けにきてくれるよ」
視界の端で、それまで黙って話を聞いていた母親が眉を吊りあげて口を開きかけたが、おれは視線だけでそれを制した。
「……サンタさん、またくる?」
冬馬は複雑な表情を浮かべて縋るようにおれを見つめる。いくら怖くないといわれても、昨日味わった恐怖がまだ生々しく居座っているのだろう。
「うん、またくるけど、大丈夫。サンタクロースは恥ずかしがりやさんが多くて、夜遅く、子どもたちがみんな寝ているうちにやってきて、枕元にそっとプレゼントを置いて帰っていくんだ。だから、冬馬が寝ているあいだにきて、朝起きたときにはもういなくなっているよ」
そういうと、冬馬はようやくほっとしたように表情を和らげた。
「今日、幼稚園から帰ってきたら、兄ちゃんと一緒に、サンタさんにお願いするプレゼントを考えて、冬馬が欲しいものがサンタさんにわかるように、サンタさん宛てに手紙を書こうか」
冬馬はこくんとうなずく。
「よし。じゃあ、兄ちゃんと一緒に幼稚園に行こう」
「にーちゃ、いく?」
「うん、冬馬と一緒に行くよ」
冬馬はぱっと目を輝かせて顔をほころばせた。可愛い。食べてしまいたいくらい可愛い。愛らしい弟をうっとりと眺めているところに母親が水を差してきた。
「さ、幼稚園行くんでしょ。もう起きて用意しなさい」
「あい」
冬馬はもぞもぞとベッドから降りると振り向いておれを呼んだ。
「にーちゃ」
ぷっくりとした頬をほのかに染めて、全幅の信頼を寄せた眼差しでじっとおれを見つめる。なんだこの可愛さは。むしゃぶりつきたいくらいに可愛い。ちょっとはねた前髪の寝癖すらも可愛い以外のなにものでもない。目尻を下げていそいそとベッドから降りたおれを呆れたような顔で見ながら母親がつぶやく。
「あんた、立派な詐欺師になれるわよ」
人聞きの悪いことを。