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□それは恋、もしくは愛
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 アパートは弁当屋から徒歩十分ほどのところにあった。
 パーカーのうえにあたたかそうなダウンジャケットを着込んだ草太は、二階にある咲の部屋のまえまできっちりついてくると、白い息を吐きながら、胡乱なものを見るような目をしていった。
「部屋、ちゃんと片付けてるんだろうな」
 咲はぎくりとした。
「し、してるもん」
「嘘つけ。見せてみろ」
 まるで部屋の惨状を知っているようなものいいだが、草太は一緒に暮らしていたあいだに、咲がものを片付けるのが苦手だということを見抜いていた。
「だ、ダメ! おかみさんが、草太くんを部屋に入れちゃダメっていってたもん。おくりおおかみになるから気を付けろって」
「あのババア、余計なことを。ていうかおまえ、送り狼の意味わかってんのか?」
 咲は視線をさまよわせながらつぶやく。
「…………、悪い人?」
 草太は盛大にため息をつくと咲の額を指先でぴしっと弾く。いわゆるでこぴんというやつだ。
「いたっ」
「おまえみたいなどんくさいやつは狙われやすいからな。絶対におれ以外の男を部屋に入れんなよ。わかったか」
「草太くんもダメだって、あうっ」
 口答えしたとたん二発めのでこぴんを食らった。涙目で額を押さえる咲を見下ろして草太は念を押した。
「わかったか」
「…………はい」
「ついでにいっとくけど、給料入ったからって無駄遣いすんなよ。今からやること、わかってんだろうな」
「う、はい」
 咲にとっては耳が痛い説教ばかりを的確にしてくる。
 家が商売をしているためか、草太は高校生とは思えないほど金銭感覚がしっかりしている。これでもいちおう年上なのに、と咲は情けなく思いながらも、まっとうな草太の言葉には反論できない。身に覚えがあるからだ。
 しょんぼりとうなだれる咲に、手に提げていたビニール袋を差し出して草太がいう。
「ほら、今日の晩飯。たまにはちゃんと野菜も食えよ」
 仕事がある日は、昼には賄いとして売りものから好きなものを食べさせてもらえるし、帰りには、その日のあまりものを詰めて手渡される。ひとり暮らしの咲にはとてもありがたい。
「ありがとう」
 礼をいって袋を受け取る咲に背を向けて草太は廊下を戻りはじめる。
「草太くん、送ってくれてありがとう」
「早く部屋に入って鍵かけろ」
「うん。おやすみなさい」
「ああ」
 背中を向けたままひらひらと手を振る草太に手を振り返してから、咲は鍵を開けてなかへ入る。
 手探りで照明のスイッチを押すと玄関が照らし出される。ひとひとり立つのがやっとというほどの狭いたたきには、咲のブーツやサンダルが脱ぎ捨てたまま放置されていて、今履いている仕事用のスニーカーがそれに加わると、文字どおり足の踏み場もない。



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