子羊は夜の底で夢を見る

□第一夜
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 少し酔っているなと水沢唯は自覚した。
 賑やかな居酒屋の一角。
 座敷の一部を占領して、唯たちのグループは盛んに飲み食いをしていた。アルバイト先のメンバーを集めて飲み会が行われているのだ。
 水沢唯はこういった席があまり得意ではない。はっきりいうと苦手だ。もともと社交的な性格ではないし、アルコールにも強くはない。すぐに顔が熱くなり、意識が朦朧としてくる。つまり酔うのが早いのだ。
 兄からも、外で飲むときは気を付けるよう忠告を受けている。
 そういうわけで、唯は隅のほうで大人しくしていることにした。
「大丈夫?酔いましたか」
 隣に座っている木島が尋ねてきた。唯はそちらを見る。
 木島は中性的な顔立ちをした青年で、長めの髪を明るい茶色に染めている。ひと月ほどまえにアルバイトとして入ってきた。
「あ、ううん、平気」
 唯は首を振る。木島は少し目を細めた。
「煙草吸っていいですか」
 唯は驚いて、顎を引くようにして小さくうなずく。
「いいよ。どうしてわたしに聞くの」
「水沢さん、吸わないでしょう?」
 煙草をくわえながら木島はいう。
「席、隣だし」
 唯は笑顔を見せる。
「気にしなくていいよ。みんなもうばんばん吸っているし。でも、ありがとう」
 ウェットティッシュを取り出そうとバッグを開けて、携帯電話に着信があることに気付く。ディスプレイを確認すると、兄の薫からだ。珍しい。
「電話ですか?」
 煙を吐いて木島が尋ねる。
「メール。ちょっとごめん」
 そう断って、メールを開く。
『今どこにいるんだ? おれはアパートの駐車場にいる』
 唯は返事を打つ。
『飲み会で居酒屋にいます。どうしたの?』
 まだ携帯に慣れていないので打ち込みに手間取る。すぐに返事が届いた。
『チーズケーキを買ってきた。飲み会って店の連中とか? おまえ弱いんだからあんまり飲むなよ』
『もう少ししたら帰るよ。合鍵あるよね? あがっていていいよ。それとも急ぎ?』
『時間はある。帰るときには連絡しろ。迎えにいく。以上』
『了解。ありがとう。じゃああとで』
 唯はバッグに電話を戻して木島を見た。彼は煙草を指に挟み、唯のほうに顔を向けている。
「兄からだった」
 問われたわけではないが、そう告げて、唯はウェットティッシュで手を拭う。
「お兄さんがいるんですか、水沢さん」
「うん」
「ひとりっ子かと思っていました」
 唯は顔をあげる。
「どうして?」
「おとなしいから」
 そういって木島は煙草を灰皿に捨てる。
「帰ってくるようにいわれたんですか?」
「あ、ううん。部屋に来ているみたい。あとで迎えに来るって」
「へえ。仲が良いんですね」
 目を細めて木島は微かに笑う。
「どうかな、よくわからないけど」
 唯は自分のグラスに手を伸ばし、半分ほど残っている液体に口を付ける。
 唯と兄の薫は八歳年が離れている。
 もともと二人は従兄妹だった。唯は養女なのだ。唯の母親と薫の父親が兄妹で、唯は妹の忘れ形見として水沢家に迎えられた。



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