子羊は夜の底で夢を見る

□第三夜
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 店内は暖房が効いていたので外へ出ると意外と肌寒く感じられた。
 水沢唯は空を仰ぐ。月は見当たらない。
 飲み会はようやく終了した。だが、ほかのメンバーはこのあとカラオケに行くという。宵っ張りだ。もう一時間もすれば日付が変わる。
 眠たくなったからと告げて彼らと別れた唯はひとりその場に残り、兄に連絡を入れる。彼は簡潔な返事を寄越し、すぐに電話を切った。
「水沢さん」
 名前を呼ばれて振り返る。
「あれ、どうしたの」
 唯はびっくりして尋ねる。木島が戻ってきたのだ。
「別行動。お兄さんが来るまで一緒にいますよ」
「どうして」
「この辺、夜は物騒だから」
「そうなの?」
「というのは口実。気にしないで」
 横を向いて木島はいう。いったいなんの口実だろうと思ったが、唯は黙って彼の横顔を見る。彼は唯より頭ひとつぶんほど背が高い。痩身で、肌が白く、よく見るととても整った顔立ちをしている。
「なにか?」
 木島の視線が唯を捉える。唯は小刻みに首を振る。
「ううん、なにも」
 しばらくして、唯たちのそばに黒い車が停まった。名前を呼ばれて驚く。
「え、あ、びっくりした」
「早く乗れ」
 兄の薫だ。
「車を変えたの? いつもと違うから気が付かなかった」
 そういって、唯は傍らの木島に目を移す。
「木島くんはこれからどうするの。よかったら送って行くよ」
「いや、まだ行くところがありますから。じゃあ、おやすみなさい」
 木島はポケットから手を出して、片手を肩のあたりまで持ちあげる。さようならの挨拶らしい。つられて唯も軽く手を振る。
「どうもありがとう。気を付けて」
「また明日」
 彼は背を向けて、ほかのメンバーと同じ方向へ歩いて行く。これから合流するのかもしれない。
 唯は助手席のドアを開けてシートに座る。ドアを閉めると同時に車は発進し、あわててシートベルトを引っ張りながら唯は礼をいう。
「わざわざ来てくれてありがとう」
「今の男はなんだ」
 まえを向いたまま薫が問う。不機嫌そうな声だ。
「木島くん。職場のひとだよ」
 なにかをいいかけた薫を遮るように、唯のバッグから音楽が鳴り出す。携帯だ。その音楽から着信の相手はわかった。
 薫に断りを入れるまえに彼がうながす。
「いいから出てやれ」
「あ、うん」
 急いで携帯を取り出す。
「もしもし、明日香、どうしたの。あ、うん、ちょうど終わったところ。大丈夫。兄が迎えに来てくれたから。うん。明日? いいよ、うん、待ってるね。じゃあおやすみなさい」
 携帯を耳から離すと、隣で薫がつぶやいた。
「アスカ?」
「友だち。高校のときの同級生。話したことなかった?」
「ないな」
 唯を一瞥して素っ気なく答える。
「明日がどうかしたのか」
「あ、うん。明日の夜、うちに来るって」



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