子羊は夜の底で夢を見る

□第九夜
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 これはもうストーカーといわれてもしかたないな、と明日香は自分で思う。
 唯と木島はレストランから出てくると、ふたたび木島の車に乗り込み、走り出した。
 ああ、そんなに簡単に、よく知らない男の車に乗っちゃだめだよ。明日香はハンドルに置いた親指を無意識に噛む。木島のあとを黒い車が追い、さらにそのうしろを明日香はついていく。車はどんどん山のほうへと進んでいく。
 たぶん今夜だと思った。

 木島と、こんな形で再会するとは夢にも思わなかった。
 木島は高校のときのクラスメイトだった。羽野明日香ではなく、本来の自分が所属していた学校のほうの。
 ある日、木島が女子生徒とともにひとけのない廃屋へと向かうのを見かけた。そのときは気に留めることもなく通り過ぎたが、後日、その女子生徒が行方不明であることを知り、明日香はあの廃屋に足を踏み入れた。
 彼女はそこにいた。
 だが生きてはいなかった。
 その後、木島はふたたびその場所を訪れ、少女を埋葬したようだった。
 明日香はそれとなく木島を観察したが、彼はいつもと変わりなく振るまい、怯えたり挙動不審なようすはまったく窺えなかった。
 卒業したあとで、しかも唯のアルバイト先で木島を見たときはさすがに驚いた。
 何度か顔を合わせたが、彼は明日香に気付くことはなかった。明日香は髪を伸ばして化粧をしていたし、姉の服を着ていたのでしかたない。むしろそのほうが都合がよかった。
 木島が唯に関心を持っているのはすぐにわかった。おそらく、彼にとって唯は好ましいタイプなのだろう。葬られた女子生徒ととても雰囲気が似ていた。
 その予感は当たった。
 山のなかで、唯と木島の会話を、明日香は息を殺して聞いていた。水沢薫も、どこかに身をひそめながら、ふたりのやりとりに耳を傾けていたのだろうか。
 もう木島には関わるな、という彼に逆らい、無理やりに同行したのは明日香の意思だ。だが、わずかでも唯を危険に晒す可能性があるこのやりかたを、彼が選ぶとは思わなかった。
「確実に木島を仕留めるためには、木島自らがひとけのない場所に出向いてくれるにこしたことはない」
 薫はそういっていたが、明日香はそれを鵜呑みにしていない。もしかすると、この機に乗じて明日香も一緒に始末するつもりなのではないか。そういうふうに考えていた。
 木島が唯から離れたときがすべての終わりだった。
 相手が明日香ひとりならば木島はきっと油断する。木島が明日香に向かってきたら、その隙を見計らって薫が飛び出し、彼の意識を失わせる。そしてそのまま彼をつれていく。明日香は残された唯を保護するだけでよかった。
 もし薫がいなければ、すべてを明日香ひとりで片付けなくてはならなかったし、そのときは、あらかじめ、最悪の事態も想定していた。
 どちらにしても、薫は明日香を囮に使ったのだから、明日香にとって身の危険に変わりはないのだが。



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