斎姫鬼譚

□招かれざる客
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朝起きて食卓に向かうと、そこには見知らぬ男がいた。


え、誰?


寝ぼけているのかと目を擦ってみたが、男の姿は消えない。
幻じゃない。
男はふっと微笑む。
非の打ちどころのないその美貌に思わず見惚れる。
ああ、眼福眼福。
朝からいいもん見たなーと思っていると、隣から遠慮のない声がした。


「サクヤ、ねじが緩んでるぞ。お前ほんっと面食いだよな」


低血圧で朝は不機嫌極まりない弟が、朝食をのせた盆を持って横を通る。


「ツバサ、この人誰?」


制服の袖を掴んで尋ねると、ツバサは呆れた顔で振り向いた。


「本人に聞けよ。ていうか、そういうことはもう少し小声で聞くもんだろ、普通」


いや、だってあんた。
朝起きてきて、家のなかに知らない人間がいたらびっくりするよ普通。
しかもこの人、ものすごい美人だし!
そう目で訴えていると笑い声が聞こえた。
ツバサじゃない。
あの男が笑っている。


「いや、失礼。相変わらずだな、サクヤ」


え。
まじまじと男を見つめる。
こんな知り合いはいない。いたら忘れるはずがない。
しかも男はサクヤを呼び捨てにした。
サクヤは絶対に他人に名前を呼ばせない。サクヤを名前で呼ぶのは家族だけだ。
どんなに親しい相手でも、名前ではなく名字で「イツキ」と呼ばせている。


「あんた誰? 気安く呼ばないで」


つっけんどんにいうと、男は驚いた顔をする。
え、なに? なんでそんな傷付いたみたいな顔するの。


「覚えていないのか」


明らかに落ち込んだ暗い声。
ちょっと待って。
正当な主張をしただけなのに、なんでそんなにがっかりされるのかわからない。
ツバサにしがみついて助けを求める。
が、薄情な弟はふいと目を逸らしてサクヤを見捨てた。
覚えてろよ。


「サクヤ、ちゃんとご挨拶したんかね」


背後からぴしゃりと声が飛んでくる。サクヤは首を竦めた。


「おっ、おばあちゃんっ、この人」


振り向いて助けを乞う。
小柄なサクヤよりもさらに小さな祖母は、その身体に似合わないほどの威厳をそなえている。


「はよう、なかに入ってお客様にご挨拶せんね。味噌汁が冷めるじゃろ。ツバサ、ええから構わんと放っとき」


おばあちゃんひどい。孫より味噌汁が大事なんて。
サクヤは渋々と食卓につく。和室なので、座卓を囲んで食事をとる。
いつもは祖母とツバサの三人なのに、今、サクヤの前には、ちょっとお目にかかれないようなカッコイイ男がきちんと正座している。
しかも恨めしげにじっとサクヤを見ている。
耐えがたい。





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