斎姫鬼譚
□学校へいこう1
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とある夜。
寝るまでの時間、自室で本を読むというサクヤにくっついてきて、とくになにをするでもなくサクヤを眺めていた男、シノブ(仮名)が、不意に尋ねた。
「サクヤとツバサは、毎日どこへ出かけているんだ?」
自分の部屋に、ほとんど知らない相手といっていい男がいて、そのせいで気が散ってまったく読書に集中できないサクヤは、不機嫌さを隠さずにぶっきらぼうに返事をする。
「どこって学校に決まってるじゃないか」
「ガッコウ?」
そんなあしらいにめげるふうもなく、彼は珍しい言葉を耳にしたように首を傾げている。
その反応にぎょっとしてサクヤは顔をあげる。
イライラしていても、それを忘れてついつい見惚れてしまうような美貌。いかんいかんと頭を振り、サクヤはおそるおそる探りを入れる。
「えっと、まさかとは思うけど、学校を知らない、とかいわないよね?」
男はにっこりと笑う。
「知らない」
驚きのあまりサクヤは絶句する。
そういえば、とサクヤは思い出す。
家に現れた初日、彼は祖母が作った味噌汁を啜りながら
「ああ、このスープ、久し振りだ」
とやけに感動していたし、ほかの煮物や焼き魚を食べるときも、いちいちおおげさなくらいの感想を述べていた。
そのときは、きっとひとり暮らしでもしていて、味噌汁もろくに食べられないような荒んだ食生活を送っているのだと思い、とくに気にしなかったのだが。
これはひょっとして。
「あの、もしかして、外国の人、だったりする?」
そのわりには日本語が堪能だし、和服姿が板についているし、箸の使いかたもサクヤより上手なんじゃないかと思うほどだけど。
男は少しきょとんとして、それから可笑しそうに笑った。
「まあ、そうだな。そんな感じだ」
はっきりしない返事だが、ものごとにあまり頓着しないたちのサクヤはそれで納得した。おまけに単純なので、今まで彼に対してイライラしていたこともすっかり忘れてしまった。
読みかけの本を閉じて彼に向き直ると、学校について説明をする。
「日本だけじゃないと思うけど、ある程度の年齢になると学校へ通うんだ。同じ年頃の子供が集まって、勉強をしたり遊んだり、家族以外の人間と一緒に過ごして、集団生活の基礎を学ぶ、んだと思う。そういうの、経験しなかった?」
「ああ、私は経験したことがない。必要な知識などは、そういう役目の者達から直接教えられた」
そういう役目というのは、つまり家庭教師みたいなものだろうか。
サクヤが戸惑っていると、彼はふたたび見惚れるような笑顔を見せて、とんでもないことをいった。
「サクヤたちが行く学校とやら、見てみたい」
「えっ」
「面白そうだ。サクヤのことなら私はなんでも知りたい」
口をぱくぱくさせるサクヤにかまわず、彼はもうすでに行く気まんまんである。
「む、無理だって」
それだけいうのが精一杯だった。
「なぜだ」
「なぜって。が、学校は関係者以外立入禁止だから、教師と生徒以外は基本的に入れないことになってるの」
「それなら問題ない。私はサクヤの関係者だ」
ちょっと待て!
「夜中にうるさいな。なんだよいったい」
廊下を挟んで向かいがツバサの部屋なので、サクヤの叫ぶ声がうるさかったらしく、ツバサが抗議にやってきた。
天の助け!
「ツバサ助けて!」
「あ?」
「この人、学校に来てみたいっていうんだよ」
「………」
ツバサはうんざりした顔でサクヤを見て、その表情のまま、騒ぎの張本人に視線を移す。
男はツバサの冷たい眼差しをものともせず、いそいそと立ちあがると彼に近付いていく。
「君は反対しないだろう?」
「なんだと?」
不快感をたっぷりにじませたツバサに笑いかけると、男は部屋を出て行く。
「ツバサ?」
「こんな時間に自分の部屋に男を連れ込んでんじゃねえよバカ」