斎姫鬼譚
□斎の姫
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サクヤは呆然と目の前の男を見る。
てっきり昔話だと思って聞いていたら、なぜか自分が登場人物にされていた。
これはもう、ポカンとするしかない。
そんなサクヤを優しい顔付きで眺めながら、シノブは言葉を繋ぐ。
「私がなんのために来たのか、わかっただろう?」
えっと。
今の昔話を要約すると、シノブはあやかしたちの王様で、サクヤはその昔、何代か前の王のもとへ嫁いだ娘の子孫。
そして、代々、王が代わるごとに斎の家の娘が嫁入りする決まりになっていて、今の王がこのシノブ。
斎の娘がサクヤ、ということ?
つまり。
「ええええっ!?」
サクヤは椅子を蹴倒して立ちあがる。
わたしがシノブの嫁になるってこと!?
「ああ、ようやく理解してくれたようだな」
満足げに微笑むシノブを、口をぱくぱくさせながら見つめるサクヤ。
じゃ、じゃあ、この男がいってた約束というのは。
「サクヤは16になっただろう? こちらの世界では16歳から嫁入りが認められると聞いている。だから迎えに来た」
やっぱりそうか。でも。
「そんなっ、そんなこと、いきなりいわれても」
「はいそうですか」ってついて行けるわけがない。
とたんにシノブは悲しそうな表情になる。
あ、やばい。
この顔をされるとサクヤは弱い。
「私は今まで待っていた。サクヤも、私を待ってくれていると思っていた」
う。それなのに。
サクヤは彼を待つどころかその存在すら覚えていなかった。
そのうえ、再会したサクヤが彼に放った言葉は
『あんた誰?』
ひどい。ひど過ぎる。
我がことながら、あまりのひどさにうなだれるしかない。
「ごめん」
謝って済むことじゃないけど、それ以外に今のサクヤにできることはない。
「サクヤ、私はなにも今すぐにサクヤを連れて行くつもりはない。サクヤには今の生活があるだろうし、いろいろと準備も必要だろう? もちろん、私は今すぐにその身ひとつで来てもらってもまったくかまわないが」
だから、とシノブは続ける。
「無理に思い出そうとしなくていい。たしかに私たちは約束を交わした。だが、私は今のサクヤの気持ちが知りたい。私の嫁になるのは嫌か?」
いきなりどまんなかに直球が飛んできた。サクヤは動揺する。
結婚なんて考えたこともない。
結婚どころか、恋愛すらろくにしたことがないサクヤに、降って湧いたような婚約話を受け入れられるはずがなかった。
救いを求めて、隣に座るキヨに視線を送る。
今まで、じっと息を殺してサクヤとシノブのやり取りに耳を傾けていたキヨは、縋りつくようなサクヤの眼差しに、心底困り果てた顔をする。
が、今は自分が発言する場ではないと判断したのか、黙って小さく首を振った。
サクヤは泣きたい気分になりながら、うつむいて言葉を探す。
頭のなかがひどく混乱していたが、シノブの問いに対して、いい加減な返事はできない、してはいけないと、それだけは強く思った。
「わからない。誰かを好きになるとか、そういうの、よくわかんないし、結婚なんて考えたこともない。でも」
サクヤは顔を上げて、シノブを見つめ返す。
「シノブのことは、その、嫌いじゃない、と思う」
それが答えになるのかどうかは不明だが、今のサクヤにいえるのはこれが精一杯だった。
サクヤの返事を聞いたシノブは口許をほころばせて、嬉しそうな表情になる。思わず見惚れるような笑顔だった。
「それを聞いて安心した。サクヤが私を受け入れてくれる可能性はゼロではないんだな」
えええ!
なにそのポジティブ思考。
唖然とするサクヤににっこりと笑いかけてシノブはいう。
「今はその言葉で充分だ。待つのは慣れている。サクヤに愛してもらえるよう努力するよ」
さらっと、とんでもないことをいわれた気がする。赤くなったサクヤを見てシノブは笑みを深くした。
だが、そのあとに彼が続けた言葉は、サクヤにとって予想外の内容だった。
「サクヤ、私はしばらくあちらへ帰ろうと思う。あまり長く不在にはできないし、サクヤにも、ゆっくり考える時間が必要だろう」
「え」
「また戻ってくるから、心配はいらない」
「べ、べつにそんな」
慌てるサクヤを目を細めて見ていたシノブは、その視線を隣のキヨへ向ける。
「キヨ殿」
「は、はい」
キヨはびっくりした顔でシノブを見る。
「サクヤをよろしく」
「はい、もちろんです」
きっぱりと返事をするキヨに頷くシノブ。
キヨっていったい……。
サクヤが知らないことを当たり前のように知っているこの友人を、サクヤは不思議な思いで見つめた。