BL/ML

□インテグラル
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梅雨の晴れ間。
五月晴れの青空に向かって洗濯物を広げる。この瞬間がとても好きだ。
タオルに下着、シャツにジーンズを次々とはたいて干していく。
ふたりぶんの洗濯物を干し終えて、そのままベランダの手摺りにもたれてぼんやりと外を眺めていると、青々と生い茂る緑の下を抜けて見慣れたシルエットが現れる。
どこかで買いものをしてきたのか、白いビニール袋を提げていた。


高槻は顔を上げて僕に気付いた。目が合う。彼はいったん足を止めたけれど、なにもなかったようにふたたび歩き出す。
僕はふっと息を吐いた。
なんだか気まずい。こういうとき、どう反応すればいいのかわからない。手を振ればよかったのか。いや、それはない。高槻はあっさりと無視するだろう。
しばらくして、玄関のドアが開く音が聞こえてきた。僕は洗濯かごを持って部屋に戻る。


「……おかえり」


高槻は一瞬立ち止まり、じっと僕を見つめた。無視されるかなと思ったけれど、「ああ」という返事がかえってきてほっとする。



  *  *  *  



高校卒業後、僕は高槻と一緒に暮らしはじめた。実際は、高槻のところに転がり込んだ、というのが正しい。
身寄りのない僕はずっと施設にいたのだけど、学校を卒業したらもう自立しなくてはいけない。
僕がいたところでは、施設にいられるのは義務教育を受けているあいだだけ、という決まりがあったのだけど、園長先生の厚意で高校卒業までお世話になることができた。


そういった事情もあり、僕は高校に入学した頃から、自立するために卒業後は就職を希望していた。
だけど、三年生になって、担任の教師と園長先生の強いすすめもあり、奨学金を受けて大学へ進学することに決めた。
大学なんて行けるはずがない、と思っていたからすごく嬉しかった。
進路に関して、僕の背中を押してくれたのは意外にも高槻だった。


「お前は優秀なんだから大学へ行けばいい。生活? 問題ない。おれのところへ来い」


あっさりといわれて、僕は呆気にとられた。
その頃からすでに、高槻はこのマンションでひとり暮らしをしていた。僕はたびたび部屋に招かれていたし、彼の命令でそのまま泊まることもあったけれど、ここで一緒に暮らすなんて考えたこともなかった。
でも、高槻がそんな冗談をいうはずがない。彼は無駄なことを嫌う。ならば本気なのだ。
言葉を失った僕を無表情で見つめて高槻はいった。


「不満か?」


不満とかそういう問題じゃない。だけど。


「逃げられると思うなよ」


そういってあの暗闇のような目を向けられるとなにもいえなくて。
結局、僕はこうして高槻の部屋に居候することになったのだ。



  *  *  *  



一緒に暮らしはじめて、もうすぐ三ヶ月が経とうとしている。
だけど僕はいまだにこの生活に慣れない。
静かすぎる。
今までは、さまざまな年齢の子供たちと一緒に暮らしていたから、小さな子の面倒を見るのが当たり前で、いつも賑やかだった。
子供たちが寝静まってからようやく自分ひとりの時間が持てる、という感じだったので、こうしてまるごと自分だけの時間を与えられると戸惑ってしまう。


高槻は僕の行動を制限しない。
大学へ行くのはもちろんのこと、外出も自由だし、どこへ出かけようと干渉されることもない。
意外だった。
なんとなく、がんじがらめに拘束されるのではないかと思っていたから。
束縛されたいわけじゃない。だけど落ち着かないのはなぜだろう。


高槻が僕を支配するのは夜だけだ。





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