BL/ML

□横恋慕
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「じゃあ、悪いけどお先に。あまり飲みすぎるなよ」


「はーい。課長、お疲れさまでしたぁ」


飲み会のあと。家庭のある課長は最初の店を出ると、そういって早々に雨宮たちと別れた。
残ったメンバーは二次会の相談をしながらぞろぞろと歩き出す。
その集団からそっと離れて反対方向へ、つまり課長が去ったほうへ向かって足早に消えていく椎名の姿を見付けて、雨宮はあとを追った。


大通りへ出てタクシーを拾おうとしていた課長は、椎名に気付いて戻ってくると、なにか声をかけながら椎名の髪に触れる。こちらに背を向けているため椎名の表情はわからない。
建物の陰に身をひそめてふたりの様子を窺いながら、雨宮は小さく息を吐く。
……なにをやっているんだおれは。


あからさまにキスこそしなかったものの、わけありげな雰囲気を醸し出す上司と先輩。不用意にもほどがある。もし課の誰かが追いかけてきたらどうするつもりだ。今の雨宮のように。


椎名も一緒にタクシーに乗るものと思っていたが、そうではなかった。課長が乗り込んだタクシーが走り去るのを見送ったあと、椎名はしばらくそのまま動かなかった。
雨宮はゆっくりとその背中に近付いていく。


「椎名さん」


声をかけると、びくっと肩を揺らして椎名が振り返る。


「……あ、雨宮くん」


驚いたように見開かれた目に不安の色がよぎる。今の場面を目撃されたのではないかと危ぶんだのだろう。雨宮はそれに気付かないふりをして、なにもなかったように話しかける。


「どうされました? 二次会には参加されないんですか」


椎名は探るような視線を向けてきたが、雨宮がそれをまっすぐに受け止めると、ほっと息をついて表情を和らげた。


「ああ、私はいいよ」


課長とのつかのまの逢瀬の名残か、椎名の瞳は熱く潤んでネオンを反射している。普段の、近寄りがたい貴公子然とした印象が薄れて、今なら手が届きそうな、そんな誘惑に駆られて雨宮はとっさに勝負に出た。


「よかったら飲み直しませんか」


「え」


ふたたび見開かれた目が戸惑いをあらわに揺らぐ。すぐに拒絶されなかったということは期待してもいい。もうひと押しだ。


「落ち着けるいい店を知っています。週末だし、もう少しいいでしょう?」


そういって笑いかける。自分のその笑顔が他人の目にどう映るのかを雨宮は承知している。
逡巡のあと、椎名はこくりと頷いた。


「そう、だね。行こうか」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



椎名は呆れるほど無防備だった。


あまり警戒されても困るが、こうもすんなりことが運ぶと、自分がまったく男として、そういう対象として見られていないのだと突き付けられたようで、雨宮は複雑な気分だった。


「椎名さん、ほら、おれに掴まってください」


「……ん」


椎名はアルコールに強くない。
一次会ではほとんど飲んでいなかったし、自分でもその自覚があるのだろう。だが、雨宮とふたり、カウンターに並んでスツールに腰かけた椎名は、雨宮がすすめるままにグラスを重ねた。


アルコールを取り込むごとに、透きとおるような白い肌にほんのりと朱が差し、濡れた瞳がさらに潤いを増す。
憂いを帯びた眼差しは、ぞくりとするほどの色気を放っていた。
その横顔を盗み見ながら、雨宮は突き上げてくる欲情を必死に抑え込んだ。





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