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□ハチミツの行方
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 新しく付き合いはじめた恋人は年下で。
 でも見た目は僕よりおとなっぽくてしっかり者で、それでいて甘え上手で。ちょっと嫉妬深いところが玉に瑕だけど、僕のことが好きだから嫉妬するんだよ、といわれてしまうとなにもいえなくて。
 そんなふうに流されてしまうのは僕の悪いくせだけど、僕は彼を愛しいと思う。

 前の恋人とは、もう二度と会いたくないと思うような最悪な別れかたをして、それがはじめての恋だった僕は、もうしばらく恋愛はするまいと心に決めていた。
 今の彼は、そんな僕に紳士的に、そして大胆にアプローチをし続けてきて、そのあまりの粘り強さにとうとう根負けした形で僕は彼を受け入れたのだけれど。
 人と付き合うのはまだ少し怖い。
 けれど、人を愛することを思い出させてくれた彼には本当に感謝している。

  ♣♣♣ 

 お互いの仕事が不定休で時間も不規則なため、なかなか一緒に休みを取ることができない状態が続いていた。
 そんななか珍しく、お互いの休みがかぶったため、その前日の今日、仕事が片付きしだい、彼が泊まりにくることになっていた。
 カレーが食べたいという彼のリクエストで、僕はこうしてカレーをつくっている。あとはもうしばらく煮込んで仕上げにハチミツを入れるだけ、という頃になって、ちょうど彼がやってきた。
 出迎えた僕にキスをして、彼は嬉しそうに笑う。

「いい匂い。なんか新婚みたいだ」

 台所に戻ったエプロン姿の僕を背後から抱きしめて、僕の髪に鼻先を埋める。くすぐったい。
 用意しておいたハチミツに目を留めて、意外そうに彼がいった。

「へえ、沢渡さん、カレーにハチミツ入れるんですか」

 家によってつくりかたはさまざまだろう。彼だって、なんの気なしに口にしただけだと思う。

 ぎくりとした。

 僕の実家ではカレーにハチミツは入れない。僕自身にも、もともとそんな習慣はなかった。カレーにハチミツを入れるのを僕に教えたのは、前の恋人だった。
 僕はそれを忘れていた。
 思いがけない衝撃を食らって僕は凍りつく。背後から僕を抱きしめている彼にもそれは伝わったはずだ。そして彼は勘が鋭い。

「……ああ、もしかして、前の彼氏の好みでしたか」

 彼は気付いてしまった。
 僕は恐らく真っ青になっているだろう。
 彼は僕の身体ごしに手を伸ばしてハチミツを取ると、もう片方の指先に中身を垂らして僕の口許に差し出した。

「舐めて」

 ためらったあと、僕はいわれたとおりに彼の指を舐めた。甘い。頭を掴まれ、無理やり振り向かされる。彼は無表情で僕を見下ろしている。

 ああ、まずい。
 今夜はきっと寝かせてもらえない。

 彼はしばらくそうして指を舐める僕を見ていたが、人差し指と中指を口のなかに捩じ込んできた。

「今夜はいっぱいハチミツを舐めさせてあげます。もう必要ないでしょう? 全部使い切りましょうね」

 小さなこどもにいい聞かせるような口調でいう彼の目は嫉妬に燃えている。唇をわななかせながら、僕はこくりと頷いた。

 長い夜がはじまる。






−終−



2010.10.17


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