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□兄貴の異常な愛情
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 おれには歳の離れた兄貴がいる。
 おれが生まれたとき、兄貴はすでに高校生で、ひと回り以上歳の離れたおれたちは喧嘩というものをしたことがない。
 それがふつうだと思っていたから、兄弟がいる友人の話を聞くたびに、おれは不思議でしかたなかった。
 兄貴がいる友人は、幼いころに散々いじめられて泣かされたことをいまだに根に持っていて、ほとんど口をきくこともないという。弟がいる友人は、くそ生意気でむかつくから、なるべく顔を合わせないようにしているという。
 おれは兄貴にいじめられたことはないし、無視をされることもない。それどころか。
 兄貴はおれに甘い。
 それはもう異常なほどに。

 *****

 大学進学と同時に家を出た兄貴はそのまま都会で就職して独身生活を謳歌している。
 おれが高校生ということは、兄貴は今、三十代半ばになる。母親は、もうそろそろ身を固めてはどうかと再三いっているようだが、柳に風。兄貴はうまくそれを躱してのらりくらりと生きている。
 兄貴は長期休暇以外にも、ふいにふらりと家に帰ってくる。そのたびにおれに土産を携えて。しかもその土産は、新発売のゲームソフトや限定品のスニーカーといった決して安くはないものばかりで、幼いころからの度重なる高価なプレゼントに、さすがにこれはちょっと度が過ぎると最近のおれは引き気味だった。
 兄貴はおれにプレゼントを渡すために帰郷しているのではないかと思うほどだ。
 今日もそうだった。
 帰宅部のおれは授業を終えて友人と寄り道して帰ろうと学校を出た。
 そこに兄貴が待ちかまえていた。
 見覚えのある車が見えたときからイヤな予感はしていた。友人のひとりが気付いて「あ」と声を上げる。
「あれ、おまえの兄貴じゃね?」
 高校に入ってからできた友人でさえおれの兄貴の顔を覚えてしまった。そのくらい頻繁に兄貴はこうして不意打ちでおれを迎えにくる。おれは内心ため息をついてうなずく。ダメだ。今日の予定は全部キャンセルだ。
「悪い」
 短く詫びるおれに友人たちはニヤニヤしながら肩を叩いて去っていく。おれはもう一度ため息を零して兄貴に近付いていった。
「お帰り」
 おれの心中などおかまいなしに、兄貴は無駄に爽やかな笑顔でおれを迎える。身内のおれがいうのもなんだが、兄貴は見てくれがいい。コンプレックスを抱く気すら起きないほどの美形ぶりだ。
「ただいま。お帰り」
 ぶっきらぼうにいうおれに嬉しそうな顔で兄貴は答える。
「ただいま。会いたかったよ冬馬」
 まるで遠距離恋愛中の恋人にでも会いにきたような顔と台詞だ。ついひと月まえに会ったばかりだというのに。気にしたらダメだ。過去に散々指摘したけど、糠に釘。兄貴は人の話を聞かない。聞いてもさくっとスルーしやがる。
 兄貴の運転する車に乗り込むと、毎度のごとく、行きたい場所はないか、食べたいものはないかと尋ねてくる。おれの答えはわかりきっているだろうに。
「べつにない。母さんから買いもの頼まれてるんだろ?」
「ああ、今日の夕飯はハンバーグと唐揚げとコロッケだそうだ」
 母親も兄貴の扱いを心得たもので、帰ってくるたびに「どうせ冬馬を迎えに行くんでしょ。ついでに買いものお願いね」とちゃっかり頼んでいる。
 つーか、どんなメニューだよそれ。兄貴とおれの好物を足してさらにおまけまでついている。
 近所のスーパーに買いものに行く。仕方ないのでおれもついていく。この時間帯の客層は圧倒的に主婦が多い。真剣な面持ちで玉葱を選ぶ兄貴を、母親と同年代とおぼしき女性がうっとりと眺めている。やめとけ。見た目はいいけど中身は問題ありだぞ。
 夕食の材料を揃えると、兄貴は嬉々としておれを呼び寄せる。お菓子コーナーに。
「冬馬、なんでも好きなもの買ってやるぞ。なにがいい?」
 これもお決まりのパターンだが、いいかげん恥ずかしい。完全に子ども扱いだ。
「いや、いいって」
「遠慮するな。おっ、おまえの好きなチョコパイ、冬バージョンが出てるぞ」
 そんな具合でどんどんカゴにお菓子を放り込んでいく。だからチョコパイが好きだったのはガキの頃のことだって。今も嫌いじゃないけど。つーかどんだけ買う気だよ。



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