BLSS

□兄貴の異常な愛情
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 そんなにいらない、というおれの言葉を笑顔で黙殺して、兄貴は大量の菓子類を買い込んだ。
 遠慮なんかするなとおれの頭を撫でるが、遠慮しているわけじゃなくて本当にいらない。うちで甘いものを食べるのはおれだけだし、毎日食べても半月以上はありそうな量だ。
 というか、頭を撫でるな。しかも人前で。
 家に帰ったときにはもうぐったりしていた。兄貴から逃げるために自分の部屋にこもるつもりが兄貴までついてくる。意味がない。
 げんなりしながら制服を脱ぐおれを兄貴は黙って眺めている。男同士とはいえそんなにまじまじ見つめられると着替えにくい。頭からトレーナーをかぶった瞬間、背後からペタペタと脇腹を撫でられておれは「ひゃあっ」とへんな声を上げた。
「なななななにすんだよっ」
「冬馬も大きくなったよな。むかしはこんなに小さかったのに」
「ちょっ、とにかく触んな!」
 強引にトレーナーをおろして兄貴の手を振り払う。おれは脇腹を触られると弱い。今だって全身に鳥肌が立っている。あわてて兄貴から離れると、なんだか傷付いたような顔をしてつぶやく。
「子どものころの冬馬はかわいかった。いつもおれのあとをついて回って『にーちゃんにーちゃん』ってしがみついてきたのに」
「いつの話だよ!」
 兄貴のなかではおれはいつまで経っても小さな子どものままらしい。いいかげん弟離れしろよブラコン。
 しゅんと肩を落としていた兄貴は、思い出したようにぱっと顔を輝かせて手に持っていた袋を差し出す。イヤな予感。
「なに?」
「お土産。冬馬、欲しいだろうと思って」
 おそるおそる受け取ってなかを見ると、先日発売されたばかりのDVDだった。おれが好きなアーティストのライブを収録したもので、欲しいけど小遣いがギリギリで我慢していた。
「もしかしてもう買った?」
「いや、まだだけど」
「嬉しくない?」
「や、ていうか、兄貴」
「ん」
「嬉しいけどさ、あんまりおれを甘やかすなよ。兄貴、おれにどんだけ貢いでんの」
 貢ぐという言葉は正しくないかもしれないが、実際そんな感じだった。
 兄貴は笑う。
「いいんだよ。おまえに貢ぐのがおれの楽しみなんだから。黙って甘えてろ」
 自分で貢ぐっていったよこのひと。
 絶句するおれの頭をよしよしと撫でながら兄貴はつづける。
「おれがおまえを甘やかす代わりに、お袋たちはおまえに厳しいだろ。だから気にしなくていい」
 たしかに。兄貴のあまりの溺愛ぶりに両親は呆れつつも、自分たちはちゃんとおれを躾ないといけないという使命感に駆られたらしく、おれに対しては基本的に厳しい。
 そのまえに、兄貴の暴走をなんとかしてくれと思うのだが、それに関してはすでに匙を投げているのだろう。おれがいくら訴えても「夏樹はあんたのことがかわいくてしょうがないのよ。邪険にしないで相手をしてやりなさい」と全面的に兄貴の味方だった。やりきれない。

 *****

 お子様ランチのような夕飯を食べ終えて、一緒に風呂に入ろうとする兄貴を全力で締め出して無事にさっぱりしたおれは、このあとのことを考えてふたたび憂鬱になる。
 兄貴が帰ってくるたびになにがいちばんおれを憂鬱にさせるかというと。
「冬馬、おいで」
 自分の部屋すら安息の地ではないと悟ったおれは、パジャマ姿で居間に避難していた。ここなら両親の目があるので、兄貴も極端な言動に走らない。
 つかのまの平穏を味わっていると、風呂からあがってきた兄貴がおれを手招きした。
「おれの部屋で一緒にDVDを観よう」
「や、ここでいい」
「冬馬、お兄ちゃんの部屋に行きなさい」
 母親があっさりとおれを売った。
 この家のヒエラルキーの頂点は母親で、次が兄貴、父親、そしておれが最下層だった。上のふたりがタッグを組むと、おれに勝ち目はない。父親は素知らぬ顔で新聞を読んでいる。この家におれの味方はいない。四面楚歌だ。
おれは売られていく仔牛のようにとぼとぼと兄貴の部屋へ向かう。



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