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□兄貴のひそかな策略
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 首筋に冷たい空気を感じておれはもぞもぞと身じろぎをした。首を竦めてすぐそばの温もりにすり寄り、ぐりぐりと頭を押しつける。それに応えるようにゆっくりと髪を撫でられ、おれはそのままふたたび眠りに落ちようとした。
 いや、ちょっと待て。
 おれは重たい瞼を無理やりこじ開ける。目を擦るおれの頭を撫でながら兄貴がいった。
「おはよう、冬馬」
「うわあああああっ」
 おれは飛び起きて兄貴から離れる。低血圧なおれには考えられないほどの反応の速さだ。
 兄貴は枕のうえに片肘をついて頭を支えたまま、空いた手でぽんぽんと隣を、つまり今までおれが寝ていた場所を叩く。
「おいで冬馬。まだ時間はあるよ」
 まるでなにもなかったように、朝から無駄に爽やかな笑顔でうながす兄貴にぶんぶんと首を振って拒否する。
「や、おれもう起きる」
 あわててベッドから降りようとしたおれを、素早く身を起こした兄貴が背後からつかまえて引き寄せる。そのまま布団のなかにひきずりこまれる。
「ばっ、馬鹿兄貴! 離せよ!」
「ひどいな。昨夜の冬馬はすごくかわいかったのに」
 背後から抱きしめられて耳許でささやかれる。微かに息がかかってぞくりとする。おれは暴れた。
「離せよ! 変態っ」
 とたんにありえない場所に兄貴の手が触れて、驚きのあまりおれは一瞬抵抗を忘れる。
「な、ちょっ、どこ触って」
「ふふ、かわいい。気持ちよくしてあげるからじっとして」
 冗談じゃない。昨夜の恐ろしいできごとを思い出しておれは青くなる。
 夕べ、兄貴はおれを酔わせて無理やりキスしやがった。しかも絶対に冗談なんかじゃ済まされない、ものすごいディープなやつを。
 というか、まさかおれ、あのまま寝たのか? そのあとの記憶がない。へんなことをされてないだろうな。とくに身体に違和感はないが。
 いや、それよりとにかく今のこの状況が問題だ。
「やめろよ! あ、や、やだっ」
 やばい。キスもやばいがそれよりさらにエスカレートしてないか、これ。
 二度目の貞操の危機に狼狽するおれの窮地を救ってくれたのは、ドアを開けて顔を覗かせた母親だった。
「冬馬、起きてるの? あんた今週当番で早く行かないといけないんでしょ」
 天の助け。昨日兄貴に売られたことは水に流しておれは母親に感謝した。
「お、起きてるよ」
「今起こしていたところ」
 布団のなかでおれの身体に触ったまま、なに食わぬ顔で答える兄貴にかっとなる。でも母親にそれを訴えることはできない。というか、いいかげん手を離せよ兄貴。
「あんた朝弱いからね。夏樹がいてよかったわ」
 いやむしろ危険なんですが。切実に。
 母親の登場で手が緩んだ隙に兄貴から逃れて、今度こそ部屋を飛び出す。その足でトイレにこもり、おれはぐったりとうずくまった。
「信じらんねえ」

 *****

 学校まで送っていく、とうるさい兄貴を断固拒否しておれは家を出た。
 しまった聞き忘れた。兄貴、いつまでいるんだろう。帰りは友だちと寄り道するから迎えにくるなといっておいたけど、もし今夜も泊まる気なら確実に迎えにくる。兄貴におれの都合は関係ない。
 おれはうんざりしながら重い足取りで学校に向かった。
 兄貴の奇行を知る友人たちは寄ってたかって新たな情報を求めてきた。
 おまえら絶対楽しんでるだろ。
 いいたくなかったが、黙っておれひとりで抱えておくと、昨夜のできごとが余計に深刻なものになる気がして、おれはあえて道化になることを選んだ。
「キスされた」
 友人たち、もとい、悪友どもは、さすがに目をまるくしたが、すぐに身を乗り出して口々に囃し立てた。
「おまえの兄貴マジでやべーよ」
「さすがにキスはしねえよな」
「つーか、キスだけ?」
 ひとりの言葉に一瞬しんとなる。
 おれは今朝のできごとを思い出して赤くなった。しまった、と思ったときにはすでに手遅れで。悪友どもはわあわあと騒ぎ出した。今さら訂正したところで聞くわけがない。くそ。おれは頭を抱えた。
 そこに救世主が現れた。



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