BLSS
□兄貴のお気に召すまま
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※この話は、前回の兄貴大暴走のあと、委員長のターンを終えて迎えたバレンタインという設定です。
それを踏まえたうえでご覧くださいませ。
♣♣♣
「っくしゅ!」
くしゃみをして鼻を啜りながら、なんか妙に背筋がぞわっとしておれは身震いをした。
昨日まで暖かかったのに、天気予報士いわく、寒波の襲来とかで急に冷え込みはじめた。吐く息はくっきりと白く、空気に晒される顔や手はかじかんで感覚がない。
「あのっ」
背後から声がした。
学校へ向かうこの狭い裏道はおれが通う男子校の生徒が近道に使うくらいで、人はまばらだ。それでも、まさか自分が呼び止められたとは思いもせず、おれはあくびを噛み殺しながらふらふらと歩き続ける。ただでさえ低血圧なのに、この寒さは勘弁してほしい。布団が恋しい。
「あのっ、すみませんっ」
切羽詰まった声に、思わず足を止めて振り返る。見覚えのある制服を着た女子高生が立っていた。近くにあるミッション系の女子校の制服だ。いまどき珍しい黒髪のおかっぱ頭で、寒さのせいか顔が真っ赤だった。具合でも悪いのかと思った。それで呼び止められたのかと。
彼女は意を決したように小走りで近付いてくると、両腕をぴんと伸ばしておれに突き付けた。その手には、きれいに包装された小さな箱と封筒があった。
「と、突然すみません……っあの、受け取ってくださいっ」
「…………へ?」
間抜けな声が洩れた。
まだ寝呆けているのかと思った。どう考えても、この子はおれにその包みを差し出している。もしかして人違いか、と思ったとたん、封筒の表におれの名前を認めて、その可能性は吹っ飛んだ。
そしてようやく思い至る。
そうか、今日はバレンタインか。
って、えええええ!?
「お、おれに?」
うつむいた頭がぶんぶんと勢いよく上下に揺れる。差し出されたままの手は小刻みに震え、その指先は顔と同じくらい真っ赤になってかじかんでいる。待ち伏せしていたのか、ずっとついて来ていたのかわからないが、どちらにしろ寒かっただろう。
「ありがとう。あの、おれ、お礼とか、たぶんできないけど」
「そっそんなこと、いいんですっ! う、受け取ってもらえたら」
「じゃあ、えっと……遠慮なく」
そういって箱と手紙を受け取る。そこでやっと彼女は手をおろすと、深々と頭をさげた。
「ありがとうございますっ」
いや、お礼をいうのはおれのほうだろう。でもおれが口を開く前に彼女はくるっと身を翻して駆けていってしまう。
次の瞬間、どんっと背中に衝撃を受けておれはつんのめる。
「みーたーぞーこの色男めー」
つるんでいる友人のうちのひとり、小塚だ。うるさい奴に見付かった。小塚は背後からおれの手許を覗き込む。
「今の、聖架の女子だろ。おまえ、いつのまに知りあったんだよ」
「や、知りあいじゃないし」
「まじかよ! かーっ、おれもいっぺんでいいから、あんな可愛い子からチョコもらいてぇよ」
地団駄を踏んで叫んだあと、小塚はぼそっとつぶやく。
「この浮気者」
「な……っ」
ぎょっとして振り向くと、おれの背中にへばりついたまま、小塚はにやにやと笑っている。
「おまえには強烈な兄貴がいるだろ。いーのかなー、そんな知らない女の子からチョコもらったりして」
からかってやがる。おれは顔をしかめて小塚の腹に思いっきり肘鉄を食らわした。
「ぐふっ!」
「おまえが兄貴の話をすると毎回ろくなことがないんだよ! またなんかあったらおまえのせいだからな! 覚えてろよ!」
「ちょ、ぐえっ……ま、毎回って、またなんかあったのかよ草壁」
あったもなにも。思い出して頭に血が上る。瞬時に真っ赤になっただろう顔を見られないように背けて小塚にとどめを刺す。
「ぐはぁっ!」
またほかの奴らに囃し立てられてはたまらない。おれは受け取った箱と封筒を鞄に押し込んで、夕方にはすっかりそのことを忘れていた。